カテゴリ:アストリッドとラファエルの背景を考察。
アガサ・クリスティ原作、
ヒュー・ローリー版「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか」。 とても洒落ててカッコいいドラマだったけど… あまりに話が複雑すぎて理解しきれないよ!!! つーか、 必要な描写を端折りすぎてるし、 細かい部分を誤魔化してる気もします。 原作を読んでなければ、 事件の詳細を理解できないのでは?? これだからサスペンスドラマはストレスが溜まるのよね。 じゃあ見るなよ、って話だけど…(^^; しかも、今回のNHK版は、 字幕翻訳にもミスがあるように思います。 ◇ 翻訳が疑わしいのは、 最終盤で、ボビーとフランキーが、 料理人だったチャドリイ夫人宅を訪れたシーン。 (チャドリイは旧姓で現在はプラット夫人です) サヴィッジ氏について尋ねた次のやりとり。 ボビー「彼はミルハウスによく来ていたんですよね」 プラット夫人「グラディスに聞いて。私はひとつ聞いただけ」 この「私はひとつ聞いただけ」というセリフが、 どうも意味不明なのよね。 英語の音声は聞き取りにくいけれど、 わたしの耳には「I saw him there for once」と聞こえるし、 そうだとすれば「私はいちど会っただけ」と訳さねばならない。 このやりとりは、 「なぜエヴァンズに(遺言書の署名を)頼まなかったのか」 という核心にかかわる部分なので、 このセリフが意味不明じゃ真相が理解できないでしょ。 ◇ なぜサヴィッジ氏は、 遺言書の署名をグラディス・エヴァンズに頼まなかったか。 それはグラディスが「本物のサヴィッジ氏」の顔を知ってたから。 遺言書の署名に立ち会ったのは、たぶん共犯者のロジャーだよね。 プラット夫人は、 署名のときに「いちど会っただけ」なので、 ロジャーのことをサヴィッジ氏と思い込んだ…というトリック。 (逆に、サヴィッジ氏の死体を確認したのはグラディスだけ) だとすれば、 やはり上記のセリフは「私はいちど会っただけ」と訳すべきでしょ。 ◇ 前にも書きましたが、わたしは、 CBCの「アンという名の少女」のときにも、 NHKの翻訳にはミスがあったと思ってる。 マシューがマリラを呼ぶときに、 二人称を「姉さん」でなく「おまえ」と訳していたのです。 原作の「赤毛のアン」では、 マシューが兄でマリラが妹なのだけれど、 CBCのドラマ版では、 マリラが姉でマシューが弟に変わってました。 姉に対する二人称を「おまえ」と訳すのは不自然ですが、 字幕制作者は、そのことを考慮せず、 おおかた原作の翻訳に準拠したのでしょう。 こういうミスは、 もちろん翻訳者の責任でもあるけれど、 NHKのプロデューサーや演出家の責任でもある。 要するに、 内容を理解した上でチェックをしてるのかってこと。 じつは誰も内容を理解せずに、 漫然と海外ドラマを放送してる可能性がある。 ここからは詳細なネタバレです。 今回のミステリーの複雑さは、 たんに登場人物が多いだけでなく、 姿を現さない人物の名前を混乱させるところにあります。 たとえば上記のチャドリイ夫人も、 再婚してプラット夫人に変わってましたが、 ほかにも名前が変わってしまう人物が3人います。 第1に、 崖から落ちて死んだ男性は、 ケイマン夫人の兄「アレックス・プリチャード」とされるのですが、 この名前は嘘の証言にもとづいているので、 本当はサヴィッジ氏の友人「アラン・カーステアーズ」です。 第2に、 ニコルソン院長の妻「モイラ・ニコルソン」は、 じつは主犯の「ローズ・テンプルトン」(テンプルトン夫人)なのですね。 再婚して姓が変わっただけでなく、 偽名なのでファーストネームも変わっています。 第3に、 タイトルになっている「グラディス・エヴァンズ」は、 主人公ジョーンズ邸の家政婦「グラディス・ロバーツ」(ロバーツ夫人)です。 この人も結婚して姓が変わったのでしょうね。 ◇ 結論から先に言っちゃいますが… 主人公のボビー・ジョーンズ(♂)は、 「モイラは美人だから犯人じゃないっ!!」と思ってて、 かたや相棒のフランキー(♀)は、 「ロジャーはハンサムだから犯人じゃないっ!!」と思ってる。 そして怪しげな学者がいちばん疑われる図式(笑)。 でも、結果的には、 「モイラとロジャーの共犯だった」というオチです。 つまり、 男は美人に甘いし、女はイケメンに甘いよねって話。 そんな男女がバディを組んで事件の謎解きに挑み、 最後はめでたく結ばれるハッピーエンドになってます。 … 以下、時系列に並べた事件の経緯です。 1.モイラがサヴィッジ氏を服毒自殺と見せかけて殺害。 ローズ・テンプルトン(のちのモイラ)が、 船上で資産家のサヴィッジ氏に接触して誘惑。 その後、ローズはロジャーと共謀し、 サヴィッジ氏の遺言書を書き換え、 料理人のチャドリイ夫人と庭師のアルフレッドに署名させる。 (女中のグラディス・エヴァンズには署名を頼みません) そして翌日にサヴィッジ氏を殺害したと思われます。 ただし、ロジャーは「自殺に追い込んだ」と話してます。 (どうやったら自殺に追い込めるのか知らんけど) いずれにせよ使用されたのは抱水クロラールですね。 2.エンジェルが転落事故死に見せかけてアランを殺害。 サヴィッジ氏の自殺に疑念をもったアラン・カーステアーズは、 ロバーツ夫人(=グラディス・エヴァンズ)に接触して、 遺言書の謎を解こうとしていたのでしょうね。 でも、モイラに雇われたエンジェルによって崖から突き落とされた。 ボビーは崖下で瀕死のアランを発見し、 「なぜエヴァンズに頼まなかったのか」との最後の言葉を聞き、 所持品の「写真」「キーホルダー」「万年筆」を確認します。 そこに現れたロジャーは、ボビーが去ったあとに、 モイラの写真をケイマン夫人の写真にすり替えたのですね。 モイラに雇われたケイマン夫人も「死体は自分の兄だ」と嘘の証言。 3.エンジェルがモルヒネ入りのビールでボビーを殺害未遂。 ボビーも、ケイマン夫人を死んだ男(=アラン)の妹だと信じ、 彼が死に際につぶやいた言葉を伝えてしまいますが、 このせいでエンジェルから命を狙われることになる。 移動遊園地での仕事中には、 少年たちから「雇用主からの差し入れ」とビールを貰いますが、 致死量のモルヒネが入っていたために死にかけます。 ブエノスアイレスからの仕事依頼も偽造でした。 ボビーの友人ノッカーまでもがエンジェルに襲撃される。 4.エンジェルが首吊自殺に見せかけてトーマス医師を殺害。 トーマス医師はロジャーのことを疑って調べてたらしい。 しかし、エンジェルが彼を殺害。警察はそれを自殺と断定。 ボビーは警官に「自殺は不可解だ」とうったえますが、 警官は「不可解な自殺もありうること」と諭したうえで、 資産家のサヴィッジ氏の自殺も不可解だったと言います。 5.ロジャーが兄のヘンリーを拳銃自殺に見せかけて殺害。 ロジャーは「カインとアベル」の話をしてましたが、 もともと兄のヘンリーとは仲が悪く、 当主のくせにモルヒネに散財するのも憎かったらしい。 あらかじめ拳銃で兄を殺したあと、 爆竹音を銃声に偽装してアリバイを作ったようです。 ◇ 以下は、2人による謎解きの手順です。 ボビーは、 宿のキーホルダーや宿台帳から、 崖で死んだ男がアラン・カーステアーズだと知り、 彼が資産家のサヴィッジ氏の友人だったことも、 2人が映った写真から知ることになります。 フランキーも、 海陸軍クラブが引き取ったアランの荷物の中に、 サヴィッジ氏からの大量の手紙を見つけ、 サヴィッジ氏とローズ・テンプルトンとの恋愛を知ります。 ただ、その時点ではローズが誰なのかを分かってません。 …その一方で、 ボビーとフランキーは、 ヘンリーの妻と恋愛関係にあるニコルソン博士が、 モルヒネ中毒のヘンリーを入院させようとしてると知り、 さらにニコルソン博士の営む精神病院の周辺で、 モイラやケイマン夫妻やエンジェルの姿なども見かけ、 ニコルソン博士への疑惑をどんどん強めていきます。 とくにボビーは、 モイラ・ニコルソンから怪しげな電気療法のことを聞き、 妻のモイラも何らかの被害者だと思い込むわけですが、 これこそが最大のミスリードになります。 …なお、ボビーは、 トミー(=ヘンリーの息子)が使っていた万年筆を見て、 それがサヴィッジ氏から貰ったものだと知りますが、 これがミスリードになったか、真相につながったかは微妙。 ◇ そして、最後の事件は以下のとおり。 6.ロジャー&エンジェルがボビー&フランキーを殺害未遂。 ボビーとフランキーは旧テンプルトン邸(通称ミルハウス)に監禁され、 ロジャーとエンジェルに電気ショックで殺されかけますが、 間一髪のところで仲間のノッカーに救出されます。 電気療法を悪用したのはニコルソン博士ではなく、 その妻のモイラ(=ローズ・テンプルトン)と、 彼女の一味であるロジャーやエンジェルだったわけです。 つねにボビーとフランキーを守ってくれるのは、 黒人のノッカーやアラブ系の使用人ですね。 彼らは忠実な善人として登場する形になってる。 7.モイラがボビーを殺害未遂。ロジャーがロバーツ夫人を殺害未遂。 ボビーは最後までモイラを被害者だと信じてますが、 もともとモイラをいぶかしく感じていたフランキーは、 彼女がボビーの紅茶に抱水クロラールを入れたのを暴き、 モイラの正体こそローズ・テンプルトンなのだと見破ります。 そのころ、ボビーの家では、 家政婦のロバーツ夫人(=グラディス・エヴァンズ)が、 ロジャーによって殺されかけるのですが、 ボビーが駆けつけてロジャーを取り押さえます。 そして収監されたロジャーからすべての真相が語られます。 ◇ いろいろツッコミどころはある気がしますが、 個人的に最大のツッコミどころは、 車の偽装事故を見破るほど明晰なニコルソン博士が、 なぜモイラのような女と結婚し、 彼女の正体がローズ・テンプルトンだとも気づかず、 片方では他人の妻と恋愛関係になり、 妻の犯罪には気づかぬまま、 護衛として雇ってるエンジェルの犯罪にも気づかず、 不倫相手の義弟であるロジャーの犯罪にも気づかず、 ケイマン夫妻の犯罪にも気づかないのかってこと。 周りの人間が犯罪者だらけだよね。 ちなみに、 この間抜けなニコルソン博士を、 脚本・演出のヒュー・ローリー自身が演じてました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.04.08 02:48:18
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