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カテゴリ:素描
舞台のクライマックスを越えたと言わんばかりに 日々太陽は自らの場面を減らしてく 長い長い休暇を終えた子供達に向かっては 新学年の門戸が少しづつ開き手招きしてる 風はいつだって 太陽の感傷にも 子供達の感傷にも まったくおかまいなく季節の移ろいを伝え知らせるだけ ときに猛威をふるっておのが存在をしらしめるが それだって意味もなにもない たんなる気紛れだったりする 悪戯すぎるつむじ風に否応なく木の葉は 狂ったように踊り舞わされる サダメと人もそんなものかもしれない 威力をうしなった陽射しは 街の景色の色彩に儚さを添える どこもかしも憂い顔で 憂い顔なぞるように カラカラと枯葉重なる笑い声がきこえてきそう 冬の足音を伝える長い秋霖が訪れるまで その意味のない風の残響が続くのだろう まもなく木々も植物も動物たちも冬支度はじめる 人の身体も生き物ならば 活動省エネ仕様に移行するのだろうか 夜のひとひへの進行に 冬将軍のおでましに 人はいつから恐れを抱かなくなったのか すぎていった春は遠ざかり 春に芽吹いた木の葉の終焉は近い 未だ来る春の気配を感じることなどできはしないが 終わりの気配は 始まりへの遠い予感でもあるのだろう にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015年09月14日 15時52分48秒
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