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2006年10月09日
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カテゴリ:継体天皇あれこれ
 福井県とゆかりの深い継体天皇が来年、即位1500年という節目を迎えるにあたり、県民の関心が日ごとに高まっているようですが、私も継体天皇に関することを少しでも紹介できたらと思っています。

継体天皇ゆかりりの「高向の宮の跡」=高向神社


福井県坂井市丸岡町高田の「高向神社」にある「高向の宮の跡」(昭和49年1月8日丸岡町文化財指定)です。男大迹王(おおとのおう、おほどおう=後の継体天皇)の母振姫(ふりひめ)のふるさととされ、男大迹王が育てられた所と伝えられています。

振姫は彦主人王(ひこうしおう)の妃になる前、越前三国の坂名井(坂井郡)に住み、評判の美人だったといわれています。また垂仁天皇7代目の孫ともいわれ、当時、越前を治めていた豪族・三尾氏の出自と見られています。その頃、彦主人王は、近江国高島郡三尾に住んでいたのですが、振姫が非常に美しいということを聞いて妃に迎えたそうです。

二人の間に生まれたのが男大迹王ですが、まだ男大迹王が幼い時に彦主人王が亡くなってしまい、その後、振姫は、郷里の高向に帰って、男大迹王を育てたと伝えられています。

継体天皇の母振姫の想像図=丸岡町教育委員会

案内板には美しい振姫の想像図が描かれています。
同史跡は、継体天皇石像のある足羽山の麓から北東へ車で45分ほどのところにあります。


案内板の説明
日本書紀によると、5世紀の中ごろ、近江国高島郡三尾に住んでいた彦主人王(ひこうしおう)は、越の坂名井(さかない)から振姫を妻として迎えた。振姫は男大迹王(おほどおう=後の継体天皇)を生んだが、まもなく彦主人王が亡くなったので、幼い男大迹王を連れて故郷の高向に帰り、養育したとある。かつてのこのあたりが継体天皇ゆかりの「高向の宮跡」であろうと推定される。
「延喜式」神社帳にある高向神社は、高田4字久保庄あたりで古堂様(ふるどうさま)と呼ばれ、振姫一族の氏神であり、高向郷総社であったとも伝えられる。






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最終更新日  2006年11月03日 09時33分39秒
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