読書感想文。
例によって、夏休みだ春休みだと言っては生徒に頼まれて読書感想文だの自由作文だのを書く。
今回は「博士の愛した数式」の読書感想文を書きましたので、それを掲載。
「博士の愛した数式」は80分しか記憶を維持できぬ数学者と、ある母子の交流の話だ。この物語を読んで博士が語る数の世界に耳を傾けるうちに、数というものがこの世界の秩序にかかわっており、それは世界の美しさにつながっているのだと思った。
この物語の主要な登場人物は3人。
まず「わたし」。「わたし」は母子家庭に育ち、現在も子と二人で暮らしている。職業は家政婦。紹介所からの斡旋で瀬戸内海に面した小さな町の「博士」のもとで働き出す。
その息子「ルート」。つまり「√」。本名ではなく、彼の平らな頭頂部を撫でながら博士がつけた名前が最後まで使われる。
そしてこの作品の主人公である「博士」。初老の元数学学者。ケンブリッジにも学び、前途洋々たる未来を約束された明晰な頭脳の持ち主であったが、交通事故により脳に重い障害を残す。それは1975年で記憶が止まり、それ以降のことがらは80分しか記憶が残らないというもの。
互いに心を開き、思い出を積み重ね(博士は80分ごとに更新してしまうのだが)、生きていく三人。途中語られる数学のエピソードはすばらしく、読んでいて飽きなかった。
<物質にも自然現象にも感情にも左右されない、永遠の真実は、目には見えないのだ。
数学はその姿を解明し、表現することができる。なにものもそれを邪魔できない>
たとえば博士は「完全数」について説く。自分以外の全ての約数の和がそれ自身に等しい数である完全数について、博士は「完全の意味を真に体現する数字」だとのべ、100億以下に存在するたった5つの完全数をあげ、数が大きくなるほど見つけるのは困難であることや、過剰数と不足数など、この数字をめぐる特徴を話す。
この博士の言葉を聞いて、実は世界には人間が知らない秩序があり、まだ人間が知らない調和や美しさが隠されている、と思えてきた。無味乾燥な数字も、説明を聞いた後は表情を持ち始める。博士の話を聞いた「わたし」も、「博士の説明を聞いたあとでは、それらは最早ただの数字ではなかった。人知れず18は過剰な荷物の重みに耐え、14は欠落した空白の前に、無言でたたずんでいた」と思うのだ。
最もそれを私が感じたのは、この主人公と同様に、素数の説明を聞いたときだ。
私は中学で素数を習ったとき妙な感じがした。方程式を解くのにも図形の面積にも関係のないこんな数字をなぜ習うのか不思議な気持ちがした。しかし、素数は不思議とその意味を考えてしまう数字なのだ。そのときはその妙な気持ちの正体がはっきりとはわからなかったが、その私のぼんやりとした気持ちは、主人公の次の言葉ではっきりした。
「私が推察するに、素数の魅力は、それがどういう秩序で出現するか、説明できないところにあるのではないかと思われた。……この悩ましい気紛れさ加減が、完璧な美人を追い求める博士を、虜にしてしまっているのだ」
私たちが日常使う数字は整数、あとはせいぜい小数と分数くらいだ。その間にどんな関係があり、いかなる秩序が潜んでいるのか、などとは考えもしない。ところが、たとえ28という何の変哲もない数字でさえ、それは完全数として、世界の秩序の中にハッキリとした位置を占めており、しかもそれは100億以内にたった5つしかない貴重なものなのだ。
それは、私たちがいかに世界のことを何も知らず、何も気づかずにいるかということの証拠だ。何も気づかない私たちの意識とは別に世界そのものはいかに豊かで美しく広がっているのか、ということの証拠なのだ。私たちが世界に気づかないだけなのだ。
それは数だけの話ではない。
世界はすべて、そのようにできているのだ。
博士は、主人公にこう語る。
「自分が生まれるずっと以前から、誰にも気づかれずにそこに存在している定理を、掘り起こすんだ。神の手帳にだけ記されている真理を、一行ずつ、書き写してゆくようなものだ。その手帳がどこにあって、いつ開かれているのか、誰にも分からない」
主人公が、博士の記憶をまさに「掘り起こす」ように探っていた時、その奥には美しい恋の物語が秘められていた。また、最初は近寄り難くみえた博士も、主人公の息子との交流の中で別人のような側面を見せる。
それは、「発明」された美しさやあたたかさではない。すでに世界に存在していて、私たちはそれを見つけたに過ぎないのだ。ぼんやりと見ていれば気づかない世界の美しさは、分け入ってみて初めて見えてくる。そして、私たちに素晴らしいことを教えてくれる。
あと、
課題で「短歌」というもあったので、それもつくった。
冬枯れの花も葉もなき弱き枝 月光浴びて白に輝く
嵐来る曇天裂いて横切る烏かすかに聞こゆ涙雨かな
涙ただ もはや帰らぬ姿より忘れかけたる声聞けぬこと
天に伸ぶ不思議な目して樹を見ればぽぷらと教わる秋近し夕
君にあげるものが僕には何もないだから心をあげようと思った
(最後のは「ハチミツとクローバー」のセリフからパクった)
じるりん先生、講評よろしく。