松尾芭蕉 草の戸も住み替る代ぞひなの家
松尾芭蕉草の戸も住み替る代よぞひなの家おくのほそ道私がついこの間まで住んでいた侘しい庵いおりに入れ替わりに引っ越してきた一家の可愛い女の子が一心にお雛様で遊んでいるよ。註不朽の名著『おくのほそ道』の劈頭を飾る一句。草の戸、ひなの家:現・東京都江東区深川「芭蕉庵跡」おくのほそ道 序文 月日つきひは百代はくたいの過客くわかくにして、行ゆきかふ年もまた旅人たびびとなり。 舟の上に生涯しやうがいをうかべ、馬の口とらえて老おいをむかふるものは、日々ひび旅たびにして旅を栖すみかとす。古人も多く旅に死せるあり。 余よもいづれの年よりか、片雲へんうんの風にさそはれて、漂泊へうはくの思ひやまず、海浜かいひんにさすらへ、去年こぞの秋江上かうじやうの破屋はおくにくもの古巣をはらひて、やや年も暮くれ、春立てる霞の空に白河しらかはの関こえんと、そぞろ神がみの物につきて心をくるはせ、道祖神だうそじんのまねきにあひて、取るもの手につかず。ももひきの破れをつづり、笠の緒お付けかえて、三里さんりに灸きうすゆるより、松島の月まず心にかかりて、住める方かたは人に譲り、杉風さんぷうが別墅べつしょに移るに、 草の戸も住替すみかはる代よぞひなの家 面八句おもてはちくを庵いほりの柱にかけ置く。