２８：牛ほめ（うしほめ）
【粗筋】 与太郎が佐兵衛伯父さんの新築の家を褒めに行くことになった。「家は総体檜造りでございます。畳は備後の五分縁で、左右の壁は砂摺りで、天井は薩摩の鶉杢（うずらもく）」と褒め言葉を教わり、台所の柱に穴があって伯父さんが気にしているが、「秋葉様のお札を貼りなさい。穴が隠れて火の用心になります」と言うよう知恵を付けられた。伯父さんの家に行くが、そこは付け焼刃、「家は総体ヘノコ造りでございます。畳は貧乏のぼろぼろで、佐兵衛の嬶ぁはひきずりで、天井はサツマイモとうずら豆」という調子、障子が締まって見えない庭まで褒めて、どうにか台所までたどり着き、穴の対策で伯父さんを驚かせることに成功する。調子に乗った与太さん、今度は牛を見せられるが、牛のお尻の穴に気付くと、「伯父さん、この穴気になるだろう。秋葉様のお札をお貼りなさい。穴が隠れて屁の用心になります」【成立】 『醒酔笑』巻一「鈍副子」２０は、間抜けな夫に利発な妻が教えて、舅が気にしている節穴に色紙短冊を貼るよう勧める。その後舅が腫れ物が出来ると、その腫れ物に色紙短冊を貼れと言う。落語の方は、元禄１１（１６９８）年『初音草噺大鑑』の「世は金が利発」。天井の穴に火除けの札を貼ることを教えてほめられ、娘の魚の目で同じことを言う。これをもとに、林家正蔵（１）が一席にまとめたものといわれる。天保４（１８３３）年『笑富林』に「牛の講釈」とあるのがその作品と思われる。尚、伯父さんの家を褒めるのを言い間違うのは、教わっている場で繰り返す例もある。古い速記は牛のお尻に「秋葉様のお札を貼りなさい」で終わっている。「穴が隠れて」以下は三遊亭小円朝からといい、「牛穴（節穴）が隠れて」というのが本来の落ちで、これが下品だというので、速記が流行した時には「秋葉様のお札」で終わらせたので、昔に戻ったのだいう。そのくせ、牛のお尻に気付くのに、ぼたぼた物を落とすのはどういうことだろう。全く必要ない演出で、よほど嫌な客がいたのだろう。同じ人が何度も演っているのだが……昔は、春風亭柳好が印象に残っている。家の誉め言葉は意味不明だったが、真似ようとする言い間違いがおかしく、カンニングペーパーで伯父さんが「何か読んでるようだ」というのが笑えた。桂文治一門は「防火宣伝」を貼っていた。【蘊蓄】 家は総体檜造り：檜は緻密で芳香があり、建築、家具などに用いられる。家全部が檜だということで、誉め言葉だがら大袈裟なのかも知れない。檜委は切ってから２００年は強度が増し、その後も衰えることはない。どのくらいの値段だろうと思っていたら、２００３年、広告に「激安、坪当たり５２万円から」とあった。備後の五分縁：広島産の畳表、みな昔の地名で呼ぶ。縁のある畳を一般に「備後畳」と呼ぶが、これが優れていたから。取材したところ、畳一枚に４千から６千本のイグサがつかわれ、水をこぼしても中にはしみこまない。畳の下に新聞紙を敷くのは、湿気を逃がさないで畳を痛めるだけで、メリットは何一つないそうだ。戦前、新聞のインクに防虫効果があるという噂で広まったらしく、今は畳屋が防虫シートを用意している。 備後の畳の小噺。安永４（１７７５）年『花笑顔』の「早くらべ」は、飛脚は一日で１５０里を行く、これほど早いものはないだろうと言うのに、蚤の方が早いと言う男がいる。「備後から琉球へ一跳びだ」……分かるね。琉球も畳表の種類。 砂摺り：砂を配合した漆喰で壁を塗ったもの。 薩摩の鶉杢：木目が美しい物が「杢」と呼ばれる。ブナ科の虎斑、メープル等の鳥眼杢、トチなどの縮み杢、その他、縞杢、葡萄杢、牡丹杢など多数ある。製材した時に現れるので、希少価値がある。「鶉杢」は鶉の羽根の模様で、屋久杉、赤松などの古木に現れる。「薩摩」は「屋久杉」を別名「薩摩杉」という。 秋葉様のお札：防火の神様で、台所など火を使う所にお札を貼った。遠州秋葉山が本山で、火祭りが有名。清水次郎長と黒駒勝蔵の戦い、次郎長一家誕生の物語でお馴染み。江戸では隅田川の多田薬師堂隣と亀戸にあった。秋葉原という地名は、明治初期に火事で焼け、焼け野原の今の駅辺りに祠が建ったのを、火事の後だから秋葉様だろうと勘違いしたもの。 牛の誉め言葉：本文では省略したが、「天角地眼一黒鹿頭耳小歯違（てんかくちがんいっこくろくとうじしょうはちごう）」というのが牛の誉め言葉。菅原道長の牛だそうで、後半は「一石六斗二升八号」という洒落。浄瑠璃「菅原伝授手習鑑」にある。
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