パガニーニ伝:その24
24:ロッシーニの話 ジョアキーノ・アントニオ・ロッシーニと申します。ああ、スタンダール先生からのご紹介ですか。 歌劇『アウレリアーノ』の練習で管弦楽がどうにもならないで、慌てて立て直しに取り掛かったんだが、少々手遅れだった。明日が初日だというのに、まだミスが多いんだ。 そこに現れたのがパガニーニだった。町で偶然会って、お互い知っていたんで話はしたものの、そんなに親しい仲ではなかった。私が町を歩いているのに気付いて追って来たようだ。 彼はずかずかと歩み寄って指揮台の譜面を取り上げて見ていたが、それを置くとヴァイオリンで全部弾いて見せたんだ。「素晴らしい曲じゃないか」 と言って練習を再開すると、ヴァイオリンで歌の部分を共演してくれる。楽員は自らを恥じて徹夜で練習をし、見違えるほど全く別のオーケストラになった。もちろん初演は大成功さ。これは一八一四年のことかな…… これから二人は親しく付き合うようになったんだよ。 一八一九年には私の曲を主題に三つの変奏曲を出版しているし、その翌年にはローマで同じように助けてもらった。『マティルデ・ディ・シャプラン』の初演ではヴァイオリンを弾きながらの指揮までしてくれた(※)。 この時は折からのカーニバルで、二人で女乞食の仮装をした。デブの私と瘦せこけたパガニーニの取り合わせは、それだけで人目を引く。人が集まったのを見計らって痩せ乞食の下手くそなギター演奏が始まる。私が歌い出す。わざとひどい声で下手くそにね。私の作曲した『乞食の歌』だ。面白いから人は喜ぶ。ところが、最後には本格オペラで歌い上げ、ギターはとてつもないテクニックを披露するんだ。面白いだろう。 え、パガニーニの第一協奏曲が私の『泥棒鵲』と似ているって……それは仲の良さの表れだよ。 私は一八二九年三十七歳で発表した『ウィリアム・テル』が最後の歌劇になった。その後は小さな曲ばかり書いて、一八三六年四十四歳になると完全に音楽から離れた。パガニーニの最後の演奏はその翌年でしたなあ。彼はまだ演奏をしたがっていて、作曲は続けていたが、一八四〇年に亡くなった。私はその後、小さな作品を書き留めて『老後のたのしみ』なんてタイトルで残したが、ヴァイオリン曲は一つしかない。『エレジー』と題した『パガニーニに寄せて一言』って曲だ。 歌劇でかなり儲けさせてもらったが、それでレストランを始めたのは六十三歳になってからだ。スタンダール先生は私がトリュフを探す豚を飼育して、一日二十枚のステーキを食ったとしているが、そんなに食えないよ。十八枚半がいいところさ。君もトゥルヌド・ロッシーニはどうだい……いや、料金はいただくよ。※ロッシーニを助けて指揮をしたのは翌年という説も。※ロッシーニの音楽活動はわずか二十年。ステーキについてはスタンダールが一八二〇年十二月二十二日付の手紙に書かれている。「トゥルヌド・ロッシーニ」は「ロッシーニ風ステーキ」と訳されている。ソテーしたヒレ肉にフォアグラを乗せ、マデラ酒とトリュフのエッセンスを利かせたデミグラスソースをかけたもの。ロッシーニはこれを思い付いてシェフに作らせたが、ずっと見ているのでシェフが、「見られているとうまくいきません」と言った。これにロッシーニが「それならよそを向いてやれ。私に背を向けて」と応対したという。この「私に背を向けて(Toumedos moile dos)」から「トゥルヌド(Tourmedos)」という言葉が生まれたという。パリのCafé Anglais(カフェ・アングレ)に伝わって、フランス料理として広まった。 ※ ※ ※MS74 田舎の踊り イ長調 「愉快な主題による変奏曲」という副題がついている。簡単な序奏の後主題が管弦楽で演奏され、ヴァイオリンが様々に変奏する。6つの変奏の後主題が繰り返されるという形式で、48回の変奏の後、管弦楽によるフィナーレがついているが、これも主題の変奏となっている。ほとんど同じテンポで同じ調子なのに、退屈しないのは、そのテクニックの変化。管弦楽の譜面が残っているが、一部が欠けており、未完成の作品で、本人による演奏はされなかったのではないかと推察されている。1983年にダンポーニが総譜を完成させ、アッカルドのソロで初演された。 ダンポーニとアッカルドの演奏を所有。MS75 ヴァイオリン協奏曲第6番(大協奏曲) ホ短調 1815年の作といわれ、第1番よりも前の習作と考えられている。第3番から後は番号も適当で、この作品も番号抜きの「大協奏曲」と呼ばれることがある。ヴァイオリンとギターの曲を元にした作品とも伝えられ、ソロの譜面だけが残っていて、モンペリオによって管弦楽部分が作られ、1973年に初演された。 第1楽章 リゾルト 旋律の美しさと名人芸の織りなすロマン的な幻想曲。パガニーニ風の協奏的ソナタ形式。 第2楽章 アダージョ わずか46小節の、パガニーニらしい歌謡。 第3楽章 ロンド(ポロネーズ) 生き生きとしたロンドで、中間部もお馴染みの形式で、ホルンを模倣するような音型が聞こえる。 アッカルドの演奏を所有。