高尚なる痴話ゲンカ。
「オペラ」普通に生活する限りにおいて、私とはまるで接点がないばかりか視界に飛び込むことさえないような代物。ところが偶然にも、私の目の前をかすめたのでせっかくだから玄関先に足を踏み入れてみることにした。今日見たのは、`La Boheme`.`Aida`,`Carmen`と並んで`ABC`と呼ばれているんだそうで。イタリア語なんて、せいぜい`Buongiorno`とか`Grazie`程度しかわからない。英語の字幕なしには無理だった。が、話は複雑でないし、ちゃんと見てみればなかなか面白いもので。ボヘミアンの若い男4人で暮らす安アパート。まともに家賃も払えない貧乏暮らし。ひとり部屋に残っていた主人公、ロドルフォ。そこへ、若い女性、ミミがろうそくの火を借りに来る。 「お、かわいいじゃん!」彼女は部屋で鍵を落とし、そこで彼はすかさずろうそくの火を「うっかり」消してしまう。鍵を一緒に探しているようでいて、とっとと見つけてポケットに隠し、彼女が帰れないようにする。見つからないねぇ、などと言いながら、暗闇の中で口説きにかかる。・・・なんてことはない、恋愛感情と痴話ゲンカと、諸々のすったもんだを朗々と歌い上げているのが、三大テノールのひとり、パバロッティというわけだ。60歳も過ぎている男女が二十歳そこそこの役を演じているわけで無理がなくはないが…泣きたくなる気持ちだったり、「あ、やっぱムリだわ。別れよう」と決意したりするきっかけだったり、病床のミミが死に際してロドルフォに伝える言葉だったり… 「ホントは知ってたのよね、アナタが鍵をポケットに隠したこと」 「げっ、バレてたんだ?!」まさかそこまで軽いノリじゃないだろうけどこういうコトのかわいらしいゴタゴタさ加減は、いつの時代でも変わらないようで。フカフカのソファでシャンパンを飲みながら何だか微笑ましいような感じで、字幕に目を凝らしていた。それにしても、「おい、ミミ!しっかりしろ!!」とばかりにベッドに横たわった女性歌手の傍でパバロッティが歌うわけだが、当然マイクなどない。あの大音量の美声を耳元で聞かされた日には、鼓膜が破れてしまうんじゃないだろうか。そうそう、これも「ゲージツ鑑賞」ですよ。いつの日か、着飾って劇場へ赴き素敵な痴話ゲンカを、高尚な雰囲気の中で楽しんでみるのも良いかもしれない。