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山梨県歴史文学館 山口素堂とともに

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2019年04月19日
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カテゴリ:甲斐武田資料室

武田軍の戦力分析

 

●寄親と同心

寄親には同心と称する隊員が配属される。寄親―同心(侍・足軽)

生島足島神社起請文

起請文の分類

○単独署名―五十九通

○連署名

<衆>

・武河衆(甲斐)・南牧衆・高山衆(上野)・海野衆・野沢衆・北方衆・山中衆(信濃)

○親類・被官

・小山田被官(甲斐)・小幡親類中(上野)・仁科親類被官・小笠原下総守被官・海野被官・青柳被官・浦野被官(信濃)

--解説--

*「信玄家法」に、「故なくして寄親を厭ってはいけない」とあるように、寄親は武田氏によって指定される。

*寄親・同心の関係は、主従の関係ではない。

*寄親にとって同心は武田氏から預かったもので、家臣ではない。

*同心は、侍か、足軽級の者が圧倒的に多かったので、同心=足軽にも使われた。

*当時の武士はほとんど農村に住み、農業を営んでいた。兵農未分離である。

*武士と農民とは、身分的にかなりはっきりわけられていた。

<軍役衆>

*在郷の同心を軍役衆といった。軍役衆は普請役(道路や城などを作る労役)を免除され、恩地を与えられることもあるが戦

 争になれば出陣。

*軍役衆=歩兵と騎兵

<例>永禄六年、諏訪上社の神官山田若狭守等は、お祭奉仕で騎兵を免除、歩兵に。

<例>永禄十年、高遠新衆(高遠城守兵・新武田軍役衆)は騎兵が十五貫、歩兵が七貫の恩地を与えられた。騎兵の負担は約歩兵の倍。

 

●武田の総兵カと寄親

<参考資料>『甲陽軍鑑』(品第十七)「武田法性院信玄公御代惣人数之事」(永禄10年頃)

 

武田氏

①御親類衆.

②御譜代家老衆

③先方衆

④足軽大将(旗本)

⑤その他諸役人

*惣計930騎(非戦闘員を引くと9122騎・9122人)

<参考>

天正三年(1575)の上杉氏軍役帳の人数、5504(馬上566)であるから、

武田氏のおもな部将とその騎数(部下の数)

*御親類衆

武田典厩(てんきゅう)(信豊、信玄の弟の子)―200 

逍遥軒(武田信廉、信玄の弟)――――――――― 80

勝頼(信玄の嗣子)――――――――――――――200

一条右衛門大夫(信竜、信玄の弟)―――――――200

武田兵庫(河窪信実、信玄の弟)―――――――― 15

武田左衛門(信玄の庶子? )――――――――――100

仁科(盛信、信玄の五男)―――――――――――100(信濃)

望月(昌頼、信豊の弟)―――――――――――― 60(信濃)

葛山(信貞、信玄の末子)―――――――――――120(駿河)

板垣(信安)―――――――――――――――――120

木曾(義昌、信玄の婿)――――――――――――200(信濃・信玄の女を娶る)

穴山(梅雪信君、信玄の婿)――――――――――200(信玄の甥で婿)

 

●武田氏の家臣団構成

*御譜代家老衆(武田のおもな部将・部隊長)

馬場美濃守     210(信春とも信房ともいう)

内藤修理正(昌豊)  250

山県三郎兵衛(昌景) 300

高坂弾正(春日虎綱) 450?

甘利左衛門丞(昌忠) 100

栗原左兵衛(詮冬)  100

今福浄閑       70

土屋右衛門丞(昌次) 100

秋山伯書守(信友)   50

原隼人佑      210

小山田備中守(昌行)  70

跡部大炊助(勝資)  300

浅利(信種)     210

駒井右京(昌直)    55

跡部美作(勝忠)    30

これらが、である

*先方衆(占領地の武士)

信州  61

西上野 14

駿河   8

遠江   4

三河   4

 

●滅亡直後の武田軍の部隊

武田氏滅亡=武田遺臣の大部分は徳川家康に服属

*各隊名称・所属人員

武田親族衆         14

信玄近習衆         71

遠山衆           36

御嶽衆           20

津金衆            5

栗原衆           26

一条衆           70

小山田備中衆        24

信玄直参衆          7

小十人頭           8

山県衆           56

小十人子供衆        11

典厩(武田信豊)衆      28

駒井右京進(昌直)同心衆   12

城織部(昌茂)同心衆     49

井伊兵部少輔前土屋衆    70

今福筑前守同心衆      24

今福新右衛門(昌常)同心衆  48

青沼助兵衛同心処      18

跡部大炊佐(勝資)同心衆   18

跡部九郎右衛門(昌忠)同心衆 23

曾根下野守(昌世)同心衆   34

三枝平右衛(昌吉)同心衆   42

甘利同心衆         16

寄合衆           42

御蔵前薬           8

二十人衆          16

 

「衆」

○甲州関係

津金衆

御嶽衆

武河衆

*信州

山中衆

北方衆

野沢衆

海野衆

葛山衆

 

○先方衆(信濃・西上野など新占領地の武士)

 

●武田軍の装備

*永禄五年、大井高政宛軍役状

の軍役人数は45人で、乗馬5、長柄31、鉄砲1、弓5、小旗1、その他2の割合

*諸軍役状から統計

軍勢100人(騎士12人、槍58人、鉄砲7人、弓10人、旗持6人、手明その他7人)

*天正三年「上杉軍役帳」

軍勢100(騎士10人、槍65人、鉄砲6人、旗持7人、手明12人)

 

●武田軍法

永禄十二年、武田軍法

1、乗馬・歩兵ともに甲を着けること。見苦しい甲でもよいから早く用意せよ。

2、槍は三間柄の槍を用いること。槍の様式は一統の衆(回し部隊)は同じように作ること。

3、長柄十本の衆は、そのうち三本は持槍、七本は長柄とせよ。長柄九本、八本、七本の衆は、二本は持槍、そのほかは長柄

 とせよ。長柄六本以下二本までの衆は、一本は持槍、そのほかは長柄、また一本の衆はすべて長柄とする。

弓・鉄砲は大切だから、長柄・持槍は略しても(弓、鉄砲を)持参すべきである。くわしくは口頭で示す。

4、鉄砲については、しかるべき放手(射手)を召し連れること。

5、乗馬の者は、貴賎ともに甲・咽輸・手蓋・両頬当・歴楯・差物を用意せよ。このうち一物も除いてはならぬ。歩兵も手蓋

・咽輸など相当に申し付けよ。

6、歩兵も差物を着けること。

7、魚行役の被官のうち、物持ちとか武勇の人を除いて、百姓・職人・神主・幼弱の者などをつれて参陣するのは、もってのほかである。

8、定納二万疋(二百貫)を領しているものは、乗馬のほか、引馬二匹を必ず用意すること。

<資料>

*武田勝頼は天正三、四年のころ(長篠敗戦の直後)「新軍法」を部下の将士に与えている。

*天正四年九月六日、勝頼、牧之島城(信濃更級郡)の守将馬場民部少輔同心衆宛て軍法

1、定法のように、陣屋を出発する時から武具を着けること。

2、今後、新軍法として、敵陣近くに陣を取る時は、軍勢の半分ずつ武具をつけ、備えを厳重に申し付けること。

3、今後、陣中での振舞はいっさい禁止する。よけいな道具・家具を持ってきてはいけない。

4、陣屋まわりの柵の木、夜番、かがり火などを厳重に申し付けよ。

5、小旗一本の旗持ちには、ホラ貝一つずつ持参させ、番ホラ・暁のホラを吹かせよ。合い言葉をよく聞き覚え、徹底させよ。

6、陣所の前後左右で用便をしてはいけない。

7、陣中で火事があったり、敵の夜襲があったりしても、いっさい取りあわず、自分の陣地を堅く守り、旗本の指揮を受けよ。

8、勝手に陣払いをしてはいけない。陣払いの時は、自分の陣に数人を残しておき、大将の陣払いを見届け、いっせいに火を

つけよ。

9、陣寄せ(攻撃)のとき、小荷駄(輸送隊)や武具荷物が、攻撃軍にまじっていてはいけない。小荷駄奉行をきめて管理させよ。

10、ケンカ・口論のさい、たとえ親類・縁者・親友でも、加勢をしてはいけない。

11、先の法度のように、貴賎ともに合い験(しるし)を付けよ。

12、軍事行動のさい、夕方になり、人数を納める時、小者などを勝手に陣屋にかえしてはいけない。

 

<参考資料>

勝頼は天正3年12月16日付で、信濃小県郡の小泉総三郎に下した条目

・ちかごろ諸軍の弓靭(矢をいれて背負う道具)があまり見苦しいから、今後は実用にかなうのはもちろん、人に見られてもあまり見苦しくないのを持ってくること。

・小旗・指物を新調すること、乗馬歩兵とも、指物(背中につける旗)をつけさせ、戦場で剛臆がはっきりわかるようにせよ。

  • いまは鉄砲が重要だから、槍を省略しても鉄砲を持ってこい。鉄砲の玉薬をたくさん用意した者は忠節と認める。

     






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最終更新日  2021年04月25日 09時16分38秒
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