芭蕉発句 貞享年代(年代ごとではありません)
「芭蕉講座 2」 埴原退蔵氏 加藤揪屯(しゅうそん)氏 共著 昭和19年 三省
旅人と我が名呼ばれん初時雨
星崎の閤を見よとや啼く千鳥
寒けれど二人寝る夜ぞ頼もしき
雪や砂馬より落ちぞ酒の酔
さればこそ荒れたきままの霜の宿
京まではまだ牛窓や雪の雲
冬の日や馬上に氷る影法師
樹椿早咲褒めん保美の里
麦生えてよき隠れ家や畠村
一つ見っけてうれし伊良古綺
ごを焼いて手袋あぶる寒さかな
面白し言にやならん冬の雨
箱根越す人もあるらし今朝の雪
いざさらば雪見にころぶ處まで
香を探る梅に蔵見る軒端かな
旅寝よし宿は師走の夕月夜
宮人よ我が名を散らせ落葉川
雪と雪今宵師走の名月か
二日にもぬかりはせじな花の春
春立ちてまだ九日の野山かな
香に匂へうに掘る岡の梅の花
枯芝ややや陽炎の一二寸
初桜折しも今日はよき日なり
さまざまの事思ひ出す桜かな
暖簾の奥ものゆかし北の梅
裸にはまだ衣更着のあらしかな
物の名をまづ問ふ蘆の若葉かな
夢よりも現の鷹ぞ頼もしき
水寒く寝入りかねたる鴎かな
磨ぎなをす鏡も清し雪の花
ためつけて雪見にまかる紙衣かな
先づ祝へ梅を心の冬籠り
薬のむさらでも霜の枕かな
旅寝して見しや浮世の煤掃
歩行ならば杖つき坂を落馬かな
故郷や臍の緒に泣く年の暮
子の日しに都へ行かん友もがな
阿古久曾の心は知らず梅の花
手鼻かむ昔さへ梅の匂ひかな
丈六に陽炎高し石の上
吹きみだす挑の中より初桜
何の本の花とも知らず匂ひかな
世に匂へ梅花一枝のみそさざい
此の山のかなしさ告げよ野老掘
梅の本になほやどり木や梅の花
芋槙ゑて門は葎(むぐら)の若葉かな
神垣やおもひもかけず涅槃像
此の槌はむかし椿か梅の木か
花を宿にはじめ終りや二十日ほど
吉野にて桜見せうぞ檜笠
春の夜や籠り人ゆかし堂の隅
雲雀より上にやすらふ峠かな
酒飲に語らんかかる瀧の花
ほろほろと山吹散るか瀧の音
淋しさや花のあたりの翌檜
花盛り山は日頃のあさぼらけ
父丹のしきりに戀し稚子の聲
一つ脱いでうしろに負ひぬ衣がへ
若葉して御目の雫拭はばや
杜若語るも旅のひとつかな
月を見ても物尼らはずや須磨の夏
須磨の海士の先に鳴くかほととぎす
須磨寺や吹かぬ笛きく木下闇
御子良子の一本ゆかし梅の花
盃に記な落しそむら燕
紙衣の濡るとも折らん雨の花
このほどを花に禮いふ別れかな
草臥れて宿かる頃や藤の花
なほ見たし花に明けゆく神の顔
龍門の花や上戸の土変にセん
花の蔭謡に似たる旅寝かな
桜狩奇特や日々に五里六里
扇にて酒酌むかげや散る桜
春雨の木下につたふ清水かな
行く春に和歌の浦にて追附いたり
灌佛の日に生れ逢ふ鹿の子かな
鹿の角先づ一節の別れかな
月はあれど留守のやうなり須磨の夏
海士の顔まづ見らるゝるや芥子の花
ほととぎす泊えゆく方や島一つ
かたっぶり角ふりわけよ須磨明石
蛸壺やはかなき夢を夏の月
花おやめ一枚に枯れし求馬かな
世の夏や湖水に浮む浪の上
鼓子花の短ねぶる昼間かな
降らずとも竹植える日は蓑と笠
撞鐘も響くやうなり蝉の聲
山陰や身を養はん瓜畠
このあたり目に見ゆるもの皆涼し
面白てやがて悲しき鵜舟かな
亡き人の小袖も今や土用干
夕顔や秋はいろいろの瓢かな
栗稗にまづしくもなし草の庵
何事め見たてにも似ず三日の月
草いろいろ各花の手柄かな
あの中に蒔絵かきたし宿の月
桟や先づ思ひ出づ駒迎へ
十六夜もまだ見料の郡かな
身にしみて大根からし秋の風
ありがたき姿拝まん杜若
此の螢田毎の月にくらべみん
五月雨に隠れぬものや瀬田の橋
宿りせん藜の杖になる日まで
城跡や古井の清水先づ問はん
夏来てもただ一つ葉の一葉かな
もろき人にたとへん花も夏野かな
またたぐひ長良の川の鮎鯰
藤の実は俳諧にせん花の跡
初秋や海も青田のみどり
よき家や雀よろこぶ背戸の栗
かくさぬぞ宿は菜汁に唐がらし
あの雲は稲妻を持ったよりかな
朝顔は酒盛知らぬ盛りかな
桟や命をからむ蔦かっら
悌や姨ひとり泣く月の友
ひよろひよろとなほ露けしや女郎花
木曾の橡浮世の人の土産かな
送られつ送りつ果ては木曾の秋
明日の出づるや五十一ケ條
十六夜のいづれか今朝に残る菊
行秋や身に引きまとふ三布布団
比叡にて販ふ民の庭かまど
留守の間に荒れたる神の落葉かな
菊鶏頭剪りつくしけり御命講
埋れ火の消ゆや涙の烹ゆる音
二人見し雪は今年も降りけるか
見る影やまだ片なりも宵月夜
伽藍なし秋のみ深き木々の奥
多摩川やこの上あらば月日貝
名月となるまで月の端居かな
米のなき時は瓢に女郎花
月影や西」門四宗もただ一つ
吹きとばす石は浅間の野分かな
木曾の痩もまだなをらぬに後の月
発句なり芭蕉桃青宿の春
雪散るや穂屋の薄の刈残し
御命講や油のやうな酒五升冬
冬籠りまたより添はんこの柱
五つ六つ茶の子にならぶ圓囲炉裏かな
その形見ばや枯木の杖の長
むかふから暮れて見せけり丘の秋
飛ぶ鮎も月の光のあまりかな
武蔵野や大方も見えず枝の月
武菰野と笠の問なれ今日の月