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山梨県歴史文学館 山口素堂とともに

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2021年06月19日
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カテゴリ:俳諧資料室

物故俳人名彙 山口誓子

   新改訂 『俳句年鑑』

   1955年版 角川書店

   平成五年九月一日~平成6年八月11日

   この項の執筆者 斎藤一骨氏・細井逕司氏

   一部加筆 山口素堂資料室

 

  山口誓子 本名・新比古。

  明治3411月3目京都市上京区岡崎町に生れる

  (戸籍記載名は新彦、戸籍上は11月5日生れ)。

  明治42年外祖父と共に東京に移り同45年樺太に渡る。

  大正6年京都に帰洛。

  鶏林(京都)、真砂(東京)、豊原(樺太)各・

  小学校から樺太庁立太泊中学、京都府立第一中学、旧制第三高等学校(京

都)を経て東京大学法学部卒業。

  大阪住友本社に入社したが昭和17年に退職、嘱託になる。

  大正13肺尖(はいせん)カタルを患い以後昭和34年ごろまで健康を害し、休学、休職、転地療養を経験、

  休学中は福井県高浜町、兵庫県芦屋にて静養、就職後は結婚後の新居、京都市東区宰桐山町のほか紀州白浜、芦屋、箱根強羅、伊豆川奈、蒲郡、

伊勢富田に住み、戦後は四日市天ケ須海岸、鈴鹿市白子鼓ケ浦海岸、西 

宮市苦楽園などに移住を重ねた。

  俳句は大泊中学一年生の時、寄宿舎の舎監で国語教師永井鉄平のすすめで寄宿生有志の句会に出席、また上級生の松原地蔵尊と俳句の回覧雑誌を出したりした事に始まるが、

  本格的な出発は「京大三高俳句会」に加入した三高時代の大正9年10月。鈴鹿野風呂、目野草城らに学びつつ「ホトトギス」に投句、10年8月「ホトトギス」初入選、同10月「京鹿子」同人。大正11年東京大学入学に伴い「東大俳句会」に参加、

  昭和2年8月「ホトトギス」および「天の川」課題句選者、同3年3月~6年5月「青壺」主宰。この間、秋櫻子、素十、青畝と共に四Sと呼ばれるようになり昭和4年ホトトギス同人。

  同6年青壺を辞して9年2月まで「かつらぎ」に関係するが、8年1月「京大俳句」顧問となってこれを支援、また同10年5月「馬酔木」に参加、有季定型の立場を保持しつゝもいわゆる新興俳句運動に幅広い理解を示した。

  戦後は昭和23年「天狼」を創刊主宰、有力作家を傘下に結集、戦後俳句の形成推進に大きな役割を果す。

  現代俳句協会会員を経て昭和37年俳人協会会員、のち同顧問。

  昭和62年日本伝統俳句協会顧問。

  昭和32年4月から朝日新聞俳句欄「朝日俳壇」選者を続ける。

  中日文化賞(昭24

  紫綬褒章(昭45

  勲三等瑞宝章(昭51

  紺綬褒

  章(昭61)芸術院賞(昭62

  朝日賞(平―)関西大賞(平2)などを受賞し

  平成4年文化功労者顕彰。

  また昭和63年神戸大学から名誉博士号を贈られている。

  平成5年7月体調を崩し同年9月「天狼」休刊を決意、11月廃刊を発表して平成6年5月号を終刊号と予定したが、

  平成6年3月26目死去。享年93

  「天狼」平成6年6月号(第47巻第1号)通巻第五四八号が終刊号(追悼号)となった。

  同年4月勲二等叙勲。著書は多数で句集は

  処女句集『凍港』(昭7・5)から遺句集『大洋』(平6・7)まで17集、

  俳文・評論集は『俳句鑑賞の為に』(昭13・5)から『天狼俳句鑑賞』(昭62・9)まで15冊、

  随筆集は『夜月集』(昭14・3)から『季語随筆』(昭62・9)まで20冊を数え、

  全集『俳句文学全集山口誓子篇』(昭1210)、

  『現代俳句文学全集第7巻』(昭33・5)、

  『山口誓子全集』(昭52・I~10)のほか

  『句碑アルバム』(昭48・8)

  『山口誓子筆彙集』(昭5611

  『写真集現代の俳人山口誓子』(昭63・1)がある。

  雑誌発表の最後の句は

    サハリンに太くて薄き虹懸る

で、平成4年のサハリソ行の時の作品。辞世の句は、神戸の作

    一輪の花となりたる揚花火

とされている。

  墓は芦屋霊園。戒名は神道のため無し。

  なお「天狼」の後継誌は「鉾」「昴」「築港」「彩」「ぐろっけ」「天栢」「俳

句と食」「瀧」「宇宙」。

 

海に出て木枯帰るところなし

追記 

甲府市尊體寺に素堂の墓(別家)の墓前に山口誓子の供養塔婆が捧げら

れていた。

誓子の死そのほか 桂 信子

本年の大きな出来事は何といっても山口誓子の逝去である。三月二十六日、百歳まで生きると言って居られた誓子の訃報に俳壇は愕然とし四Sの終焉をかなしんだ。若くして虚子にみとめられ、新しい素材を開き、鋼のようなその詩精神に誰もが驚嘆し、素通りすることは出来なかった。四Sのうちでも誓子ほど俳壇に広く影響をあたえた人はない。誓子の死によって昭和俳句の時代は終ったとする見方に私も同じ思いである。

それより先、昨年十一月、誓子は体力と視力の低下に「天狼」の選を止め、終刊を決意した旨、俳壇の内外に通告した。その終刊号が五月に予定されていたが誓子の死によって「天狼」終刊号は急進、追悼文も書き加えられ、四百五十頁の大冊となって六月に刊行された。

「天狼」が華々しくこの世に出だのは、昭和二十三年一月、まだ敗戦の混乱のさなかであった。私は誓子によって「天狼」が昔の「ホトトギス」のような役割を果し、俳壇を統一するのではないかと思ったが、戦後の状勢もあってそうはゆかなかった。初めの間は鈴々たる作家が顔を並べていたが、西東三鬼や橋本多佳子が亡くなり、誓子の身辺が急に寂しくなった。それに始め同人雑誌として出発した「天狼」が、誓子主宰誌となったことで、同人を退く人達が急にふえた。「天狼」は創刊当時、誓子主宰でなかったことを知っている人は案外少なく、誓子の追悼文のなかでも何人もの人がはじめから「天狼」は誓子の主宰誌であるように書かれていた。

しかし誓子が主宰となったのは、まだ十年程前のことでそれまでは同人誌だったのである。

誓子は孤独の人だった。何となくみなが身辺に近寄りがたいある雰囲気があった。ある程度までは心を開かれるがそれ以上はぴたりと心を閉ざしてしまわれるのである。それは誓子のあまりにも孤独な生い立ちによるのではなかろうかと想像したりする。

 

誓子の没後「天狼」の弟子達によってそれぞれ八詩の俳誌が創刊された。それまでにも「天狼」系とみなされる俳誌が数誌あった。「天狼」だけではない。桂樟蹊子が亡くなられたあとも一度に数誌が誕生した。今年の俳壇はまさに主宰誌の創刊が相ついだ年といえるであろう。

しかし残念なことには全部が全部ということは出来ないが、中には誓子が「天狼」を創刊した時のような理念も情熱も見られず、ただ単に創刊したというにとどまる俳誌がみられたことであった。

一昨年は「雲母」が終刊し俳壇に大きな衝撃をあたえたが、これは広瀬直人主宰の「白露」創刊によって一応はおさまった。

しかし飯田龍太氏は今もなお俳壇に姿を現されない。このような時にこそ龍太氏がわれわれの指標となる論文なり作品を発表されてしかるべきと思うのにどうしたことであろう。NHKの仕事だけにかかわって居られるのは寂しい。もっとも「飯田蛇笏集成」の刊行や「紺の記憶」の上梓などお忙しいのはよくわかっているが、そして甲斐の山中にあっても、全国の俳誌に目を通し俳壇のことは熟知して居られることは仄聞しているが、それにしても……である。

この巻頭言は昨年十月から本年九月までということなので或いは十月三日の蛇笏忌がめどになるかも知れないが一日も早く句を発表してほしいものである。

なお本年で目立ったことは若い女流の方々の進出である。

『俳句』九月号の「女流特集」をみても私をのぞいて二百五十名が轡ならぬ紅唇を並べて進出。それがまた美人ぞろいで写真を見るたびに圧倒される感じであった。これらの方々のその下に又数多くの女流がひしめいていると思うと俳壇という池に、多くの緋鯉が群れているような華やかなかんじがする。 

その中でもひときわ目立つのは、黛まどかさんであろう。『俳句』の新入賞を受賞したかと思うと、八月十五日のBSの「戦時下俳句の証言」にインタビュアーとして活躍、最近の「フォーカス」にも出て一躍俳壇の花形となった。

最近、上梓された句集『B面の夏』は角川書店が広告を出して俳壇の俵万智にしたい様子。しかし私はこれではまどかさんが気の毒なような気がする。俵万智は俵万智であり、まどかさんはまどかさんである。『B面の夏』が『サラダ記念日』のような売行きを示すかどうか来年度にならなければわからないが、いくら出版社が鉦や太鼓でPRしても、PRされるほどかえって受入れ側は醒めてくる。それはまどかさんの句に関係なくである。つまり俳壇というものは押しつけられるとかえってそれに反撥するという人の集りなのだ。それは角川春樹の獄中の句が特別扱いで本年の『俳句』の巻頭を飾ったときにもその傾向がみられた。黛まどかさんはこれからの人である。まどかさんのためにも出来るだけそっとしておいてあげてほしい。それにしても来年の年鑑が待たれる。まどかさんが俳壇の俵万智になれたかどうか……。






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最終更新日  2021年06月19日 07時35分03秒
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