カテゴリ:甲斐武田資料室
甲陽軍鑑 品第二 九十九ケ条の事(50~) 五十、 敵陣において不意を撃つときは、 正面の道路をかけて別の間道から攻めること。 ●古語にいう、 昼は桟道を修理して、そこを渡ると思わせ、 夜になると別の嶮道を渡る。
五十一、 大方のことは、 人に尋ねられても知らないふりをするのが無難というものか。 ●古語にいう、 たとえよい事であっても、あれば煩わしいから むしろ何もないのが平穏でよい。
五十二、 家来があやまって離反した場合でも、 処分をうけたのち反省したなら、 事情に応じて許し再び家来とすること。 ●古語にいう、 決意あらたに進む者にはその意気をかい、過去をとがめない。
五十三、 父が道理をさとらないため処罰されても、 父親の処罰と別に、子が忠功に秀でていれば、 子供には怒りの念を抱かないこと。 ●『論語』にいう、 まだら毛の牛の子でも、赤毛で角の形がよければ、 祭の生贄に用いまいとしても、 山川の神々が捨てておかない。
五十四、 軍勢を扱う場合、 和敵(争わない敵)か、破敵(破るべき敵)か、隨敵(従う敵)か、 の分別肝要のこと。 ●『三略』にいう、 敵によって戦略を変える。
五十五、 毎事にも争うことは、敢えてしてはいけない。 ●『論語』にいう、 君子は人と得失を争い、勝負を競うことを決してしないが、 もしするとすれば、まず弓の競射であろうか。
五十六、 善悪をよく正すべきこと。 ●『三略』にいう、 善を廃すれば則ち衆の善意衰う。 一悪を賞すれば則ち衆は悪に帰す。
五十七、 食物到来の時は、眼前に仕える諸具に少しずつ配分すべきこと。 ●『三略』にいう、 昔、良将は、兵を用いるのに、濁酒を贈る者があると、 曲水の宴のように、諸兵と同じように飲んで心を一つにした。
五十八、 常に功をたてるよう努めなくては、立身は為しがたいこと。 『老子』に 千里の行も一歩より始まる、という言葉がある。
五十九、 貴人に対しては、たとえ自分に一理あっても□応えせず忍耐すること。 ●『孔子家語』(孔子の言を集録。十巻)にいう、 口数が多いと無用なことを言ったり、 言いそこないをしたりするから、窮地におちいる結果になる場合が多い。
六十、 過を争って目論してはいけない。過失以後の嗜みが肝要のこと。 ●『論語』にいう、 過ちを犯したら、それを潔く改めるべきだ。 過ちを犯してそれを改めないのが、ほんとうの過ちというものだ。
六十一、 深く思い立つことがあっても、 そうせざるを得ない意見は受け入れること。 ●『論語』にいう、 約束して言った事が、道理にあっている場合は、 言った通り実践すべきだ。
六十二、 貴賎ともに老若を侮ってはいけない。 ●古語にいう、 老を敬するに父母の如くす。
六十三、 出動の時は食物を夜中に服し、 陣屋から出るとすぐ敵に合うつもりで出立し、 帰り着くまで、少しも油断してはいけない。 ●云く、 無為を城となし油断を敵となす、という言葉がある。
六十四、 行儀の悪い人に近づかないこと。 ●『史記』にいう、 その人を知らないなら、その友を視よ。 ●またいう、 人はただ賢に馴れ、賤しいことに触れないようにしろ。 花中の鶯舌は華やかではないが香しい。 (周囲の環境がよくなれば、それに自然に染まってよくなる)
六十五、 あまりに人を疑ってはいけない。 ●『三略』にいう、 大軍の禍いは、同志が疑い怪しむことだ。
六十六、 人の過を、批判すべからざること。 ●語に云う、 好事は他に与えよ。
六十七、 嫉妬の咎、堅く申しつくべきこと。 ●云く、 堅(甲)を緩めるは、賊を招く媒(なかだち)、 顔に粉を塗る厚化粧は色欲を招く媒なり。
六十八、 佞人の心(邪悪で口先上手)を持つべきでない。 ●『軍議』にいう、 佞人が上にいれば皆訴えて混乱する。
六十九、 お召の時すこしも遅参してはいけないこと。 ●『論語』にいう、 上司に呼ばれた場合は乗り物をまたず、すぐに行くこと。
七十、 武略そのほか隠密のことを他言してはいけない。 ●『易経』にいう、 機密が保でなければ則ち害と或る。 ●『史記』にいう、 事は秘密をもって成功し、泄(もら)すことによって失敗する。
七十一、 夫凡(凡人・普通の人)に情をかけるべきこと。 ●『尚書』にいう、 徳はこれ善政、善政は民を養うにあり。
七十二、 仏神を信ずべきこと。仏心に叶えば則ち時々力を添える。 邪心をもって人に勝ったとしても加護が露(あらわ)れずして亡びる。 ●伝にいう、神は礼や理にはずれた物事はうけっけない。
七十三、 味方が敗軍となれば、ひとしお活躍すべきこと。 ●『穀梁伝 こくりょうでん』 (『春秋穀梁伝』の賂。中国の経書十一巻)にいう、 万全であればむやみに戦うまでもないが、 かりに戦っても積極的に全力で戦う方が死をまぬかれる。
七十四、 酔狂の族に取り合うべきでない。 ●『漢書』(前漢の歴史書。班固の撰。百二十巻)の例に、 丙吉という者が、前漢時代宰相の秘書の地位についた。 その時酔っぱらいが車を叩いたが問題にしなかったという。
七十五、 他人に対し聶賀、偏頗(えこひいき不公平)すべきでないこと。 ●『孝経』(経書)にいう、 天地は特定のもののために運行を乱さない。 賢明な人物はある人をかばうために法を曲げたりはしない。
七十六、 利剣(鋭利な剣)を用い、いささかも鈍刀を帯してはいけない。 ●鈍刀は骨を截らずという言葉がある。
七十七、 宿そのほか歩行の時、前後左右に心をはらい、 油断してはいけないこと。 ●『臣軌 こはん』 (唐・則天北后撰。人臣の軌法とすべき道を述べた書。二巻) にいう、 事を慎まざれば敗れをとる道なり。
七十八、 人の命をとること、ゆめゆめこれあってはならない。 ●『三略』にいう、 国を治め家を安ずるけ人を得ればなり。 国を亡くし家を破るは人を失すればなり。 人材を得ることこそ大切である。
七十九、 隠居の時、その子の力をかりてはいけない。 ●『碧微禄』にいう、 天台山中に生ずる木即標(そくりつ)の杖を使わず、 深山に身を隠す。 また善悪をもちだして自分を識別する事はやめてほしい。 そういう俗世の批評ごとなどかかわりないことだ。
八十、 鵜飼、鷹狩、遊山は度をすごしてはならない。 奉公を怠る原因となる。 ●語にいう、 一日中、俗塵を駆けめぐって楽しみを追い、 自家の珍宝、真の自分を見失う。
八十一、 見物の時、自他を忘れ、油断してはいけない。 ●語にいう、 目方を計るときすぐにその軽重をみてとれ。 はかりの目盛りの起点にある星印などあてにするな。 ●(『碧微禄』に再三引用されている)
八十二、 下人に対し、寒熱風雨の時、憐潤の情をかけること。 ●『論語』にいう、 民を公役に使う場合は、 農耕そのほか仕事にさしつかえない時期をえらぶ。
八十三、 千人で敵に正面から向かうより、 百人で横から攻めた方が有効である。 ●古語にいう、 千人が門を破るより、 一人が閂(かんぬき)をはずす方が効果的だ。
八十四、 白分から戦いの模様などを、雑談すべきでないこと。 物言えば、説明を誤る。 ●また古語にいう、 初めはほんのわずかの違いでも、終わりは天地の開きとなる。
八十五、 兵法で有利な戦法や秘術等を少々知らなくとも、 如っているようすをしていた方がよい場合も多い。 ●古語にいう、 話で聞いていたときは 鼎(かなえ)の重さはどの大人物といわれていても、 会ってみると一本の毛のように軽い人物であったりする。
八十六、 下々の批判はよくよく聞き届け、 たとえ如何に腹が立っても堪忍し、 ひそかに工夫すべきこと。 ●刁刀(ちょうとう)魯魚の文字はともに字画が似ていて 誤り混乱しやすいが、工夫して冷静に区別すること。
八十七、 御帰陣のとき、片時も御先へ帰ってはいけない。 ●古語にいう、 最初の時のように最後をきちんと慎重にすること。
八十八、 総じて如何に御懇切であっても、 相手の内輪のこと、裏面にまで立入らない。 ●語にいう、 朱に近づけば赤く、墨に近づけば黒くなる。
八十九、 人前に於いて、食物ならびに物の売買の雑談はすべきでない。 ●金属の質は火で熱してみればわかり、 人は言動によって本性が知れる、という。
九十、 たとい知人たりといえども、重要な事を頼むのは慎重にする。 ●古語にいう、一盃の酒を貪って飲み、満船の坦を失なう。
九十一、 徒党を組んではいけないこと。 ●『論語』にいう、 君子は公平に広く人と親しむが、 小人はかたよった小さな党派をつくるものである。
九十二、 たとえ真実の交りをなす友といえども、婬乱雑談すべきでない。 もし人が話し懸ければ、 人目に立たないようにその座を立つべきこと。 ●語にいう、 自から深慮し、他人と一つ口にならない。
九十三、 人前に於て、みだりに他人を非難し背語すべきでない。 ●『戦国策』(中国春秋時代の国策を述べた書、三十三巻)にいう、 その善を賞すべし。その悪を語るべからず。
九十四、 筆跡、嗜むべきこと。 中国古代の三王朝にせよ、三代の家の事跡にせよ、 立派な筆墨によって伝えられている、という。
九十五、 負債は、一部は自分の労役で、一部は知行ですべきで、 両方知行で果たそうとすると必ず無理がくる。 善く行く者は一度に両足をあげて歩きはしない。 春の光は平等にさすが、咲く花には自から長短の差がある、 というものだ。
九十六、 たとえ相手が多勢といえども、備え薄ければ撃つべし。 また守兵すくなしといえども備え厚き場合は思慮すべきこと。 ●兵書『孫子』にいう、堂々たる陣を伐つなかれ。 正々たる旗を遮ぎるなかれ。 これを伐つことは卒然という名の蛇のようなものだ。 卒然は常山(中国の山の名)の蛇で、 首を伐れば則ち尾が、尾伐れば則ち首が助けにくる。 先陣と後陣、左翼と右翼が互いに攻撃や防御に協力し、 敵勢に乗ずるすきを与えない。
九十七、 正式な儀式をのぞいては、 異様、異体の姿をもって起居勣静すべきでない。 ●『論語』にいう、 君子は威厳がなくては人を服せしめることはできない。
九十八、 すべての事柄にわたって油断すべきでないこと。 ●『論語』にいう、 我江口に我が身を三省す。 ●つけたり。 たとえ夫婦一所に在りといえども、 いささかも刀を忘れてはいけない。 人を殺す刀、人を活かす剣という言葉のように、 心をゆるし油断しないこと。 また風呂に於て顔ならびに両手の垢を、 人に取らすべきでないこと。 そのような心おごる態度をとらないこと。
九十九、 毎事につけても、怠るべきでないこと。 ●『孟子』にいう、 役々として倦まず一心に努力する人物こそ、 舜(中国では偉大な聖人君子とされている)にふさわしい。
以上九十九ケ条。
いたずらに多言して他人の耳には喧しくひびいたであろう。 これはむしろ往生の書(遺書)ともいうべきものである。
二と五をかけて十、二と五を加えて七、 この六つの文字には信玄家の秘書口伝がある。
永禄元年戊午(一五五八)武田左馬助 (信玄の弟。永禄四年川中島合戦で戦死)信繁 在判 卯月吉日 長老へ。(信繁の信豊)
〈注〉 全文が漢文で、表題および跋にあるように武田信繁が、その子信豊に与えた教訓というかたちになっている。典籍の引用は原典とずれている場合が多い。
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最終更新日
2021年11月23日 16時18分19秒
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