|
カテゴリ:社長の一人言
私とペリンはフィットネスにほぼ毎日通い続けている。
最初は冷やかしていた連中も、最近は何も言えなくなっている。 誰もまさか、この(飽きっぽくて、わがままで、自己中心の)女社長二人がこんなに通うわけがないと思っていたから、余計である。 自分でもこんなに身体が動くとは思わなかった。 スポーツなんてまともにやったのは高校ぐらいまでで、約25年前の話だし。 それ以後はクルマで移動生活だし、トルコに来ては、周囲に「座っていろ」「食え」「飲め」「寝てろ」と言われ続け、言葉通りにしていたら身体を動かす機会もなくなり、コロコロ状態。 1か月の間に26日行ったら、身体は慣れてきたし、汗をかける体質になってきたのか・・・・。 ちなみに食う量は以前にも増しているから、体重自体は減っていないんだけどね。 さてさて、最近、細かい用事がいろいろあって、暇なようで、ちゃんと仕事もしている。 仕事と言っても、絨毯屋以外の仕事がほとんどである。 お金にならない仕事だし、引き受ける義務はないのだけど、トルコに長くいるからこその頼まれごとなんで、ここは快く引き受けさせてもらう。 こういう話では、中華レストランのオーナーで中国人と結婚しているペリンも私と同じような立場である。 彼女の中国語は、中国人のお客さんやガイドさんからもかなりうまいと誉められる。 アンタルヤで、彼女レベルの中国語を理解できるトルコ人は少ないのか、もしくはほとんどいないのだと思うが、中国人、中国語関連の依頼が多い。 ギャラありの仕事としてくることもあるけれど、ほとんどは在住の中国人への通訳などのお手伝いになる。役所に一緒についていったり、書類書きを手伝ったり。 昨日もある中国人女性に頼まれて、警察に滞在許可のことで一緒に行った。 顔見知りがいるので、特別に1週間はかかる手続きを当日やってくれることになり、時間待ちで結局5時間ほど彼女につきあったそうだ。 その間、レストランは人に頼んで留守番してもらい、クルマのない彼女の代わりにペリンが自分のクルマを出した。 その帰りに中国人女性はお礼として10YTL札(約800円)を渡そうとしたらしい。 ペリンは当然だけど断った。 彼女の断った理由というのは、10YTLが欲しくてやったことではないということ。加えて私もよく経験することなので、よく理解できたけど、5時間つきあって、しかも知り合いに頼んで優遇してもらったのに 「別に今日受け取らなくても、1週間後でよかったのに・・・・」と彼女に文句を言われ、知り合いの手前、顔をつぶされたこと。 その日のうちにやってくれるように頼んだのは本人なのに、5時間も待たされたことで上記の文句である。ペリンにしたら自分は5時間も他人のために自分のレストランも放って、クルマを出して、しかも知り合いの前で恥をかかされて、いったい何をしたのかわからない。ということである。 好意でやってもらったことに対して、しかも自分から頼んでいたことに対して、文句を言う人が実に多い。 こちらも他人ごととはいえ、自分のことのように、その人が損をしないように、一番よいと思われる方法を探して、試して、やる。 でもその一番面倒な部分をやるのは私たちで、本人は人に任せっきりで苦労しないから、どれだけ大変だったのかわからない。 そして「もっと他に方法があるんじゃないの?」とか「手抜いているんじゃない?」という猜疑心でいっぱい。 しかもこちらの知人を頼ったときなど、間に挟まれた状態で、頼まれたのに、なぜか恥をかかされる結果になったり、現場で言うことがコロコロ変わって、じゃあなんで頼んだの?と言いたくこともある。 それなら最初から自分でやればいいのに、それはやらない。 人に頼んで、さらにその人の知り合いまで巻き込んで、最後は感謝どころか文句とか不信を顕にするだけ。 感謝されなくたって、かまやしないけど、文句言われる筋合いはない。 だって余計なお世話でやったわけじゃない。 こちらの立場など考えもしない。 いくら物価の安いトルコでも10YTLという金額は運転手へのチップ程度の金額で、ガソリン代にもならない。 ペリンは、それよりもわずか10YTL受け取ったことで、まるで大金でも支払ったかのように、「お金を渡したんだから、やってもらって当然よ」という顔をされるのがいやだから、絶対受け取らない、という。 例え100YTLくれようとしても、それで当然という顔をされるぐらいなら、無料でさらに経費と時間をかけて、「やってあげた」と思ったほうがいいという。 それでも実を言えば、感謝されることより、文句を言われて、ひどい場合は恨まれて終わりのこともあるんだけどね・・・・。 ペリンにしても、彼女の旦那のジャンにしても、同胞が外国で困っていると思うから手助けするし、されるときもあるし、当然のことと思って、黙ってやるけど、ストレスになったり、ときには他人のことで夫婦喧嘩になったりもある。 人にやらせるのは簡単でいい。 タダだしね。 でもその人の時間とか、体力とか使っているんだよ。 見返りを求めて何かをする気持ちは全くない。でも、なんだろう、あまりにも感謝の気持ちを忘れている人が多いなあ、って思う。 もちろん困ったときはお互いさまだし、できることはしてあげたいと思うのが人情なんだけど、それすらもいやになる気持ちにさせられることが多くて、ときどきため息が出る。 やってもらって当然で、自分の思うようにならない結果がでたり、やらないと悪者にされる。 そういう人に限って、逆に人に頼まれても、それが無理なくできることでもやらない。 ・・・・というようなことを、フィットネスに行くクルマのなかで、二人で話していたんだけど、最後には思ったわけ。 やってもやらなくても。 結果がよくても悪くても。 好意でも悪意でも。 下心がなくてもあっても。 なにをやっても、結局は感謝されないし、文句言われるんだから、悩む必要はないよ・・・って。 ・・・だから私は悩みはしないんだけど。 それに実は私はペリンほどプライド高くない。 っていうか、そんなものは持ち合わせていない。 以前、某ツアー会社に頼まれて、ボランティアで(つまりギャラなしで)空港に日本人のお客さんをピックアップに行ったことがある。 夜中にホテルまで送って、そのお客さんは運転手に1ドル、私にも1ドルのチップをくれた。 運転手はツアー会社からちゃんとギャラをもらっているくせに、チップが少ないと怒っていたけど、私は何も考えずありがたくいただいておいた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005年12月10日 19時42分59秒
[社長の一人言] カテゴリの最新記事
|