テーマ:レンタル映画(818)
カテゴリ:フランス映画
イブラヒムおじさんはモモを誘う。
故郷の“黄金の三日月地帯”へ行こうと。 パリの裏通り、ユダヤ人街、 13歳のモモは16歳を騙りお金で娼婦たちに、 愛を教えられ、愛を覚えながらも、 ずっと飢えていた、その瞳は、 感情を知らず、感情を表現を知らない。 教えてもらえなかったのだ、 見ることも感じることも知らなかった。 母の顔を知らず、父は兄のことばかり褒める。 その兄のこともモモは知らない。 勿論、父が抱える心の闇も知らない。 だから幸せになる方法を知らないままに、 娼婦たちに金を出して愛を買っていた。 イブラヒムおじさんは何でも知っていた。 食料品を営んでいる年老いたトルコ人。 そこでモモが万引きをしていることも知っている。 そして微笑むことを知っている。 「盗みを続けるならうちの店でやってくれ」 オマー・シャリフは眼に鋭さを宿しながら、 コーランの教えを抱くイブラヒムおじさんになる。 街や人や自然に何気なく溶け込めるのは、 長く生きた者に与えられた特権なのだ、きっと。 斜に構えながらも孤独を抱え、 モモの内面はまだ臆病だ、様子を窺っている。 生きる方法を知らないのだ、まだ、知らないのだ。 笑ってごらん、幸せになれるから。 イブラヒムおじさんは言う。 それは簡単な言葉だが、簡単な言葉ほど、 人はなかなか自然になれないのだ、ましてやモモは、 父の作り出した狭い狭い世界に生きてきた。 そしてその世界さえ父の自殺で闇となる。 トルコ人のイブラヒムとユダヤ人のモモが親子に。 彼の何気ない言葉は、とても簡単そうだが、 簡単な言葉ほど、人はなかなか自然にやれないのだ。 例えば、二人が親子になること。 簡単なようでいて、簡単ではない。 ただ諦めず丹念に最後まで続ければ 道は開けることもある。 それもまた簡単なようで、難しかったりする。 故郷の“黄金の三日月地帯”へ。 赤いスポーツカーに乗って、 二人は旅する先で、様々な宗教に出会う。 静かにモモに説明するイブラヒムおじさんは、 コーランの教えをずっと胸に抱いている。 モモに彼は、多くを語らない。 だが語らないが彼は多くを見せている。 生きる方法は言葉で教えることだけではないのだ。 見て、聞いて、信じて。 全ては自分で成すべきことなのだろう。 人は生き、人は死ぬ。 それは簡単なことのようで決して、 簡単ではないのだ、決して、決して、だ。 生きる方法を知るには時間は長いようで短い。 だがモモもまた大人になる。 そしていつのまにか、多くを知っていた。 イブラヒムおじさんから引き継いだ店には、 万引きする子どもと自分をダブらせている。 何も知らずに人は生まれてくる。 生きる方法を知らずに歩き出すのだ、人は。 だがそれでも人は生きている。 笑ってごらん、幸せになれるから。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[フランス映画] カテゴリの最新記事
|
|