テーマ:『義経』(332)
カテゴリ:テレビ番組作品
安宅の関、関守の富樫泰家は
酒の瓢箪を持ち、蹌踉めきながら現れた。 勤めだと言うのに 暇を持て余しているようでもあり、 しかし酔狂を装って、 実は、真実の詮議なのか、 一旦は通行を許された山伏たちを引き留める。 先達は大和坊、頑健な体格にて、 堂々たる応対で関守に相対す。 目指すは羽黒山、と先達坊。 だが、冬は入山を許されぬはずと知る関守、 東大寺再建の勧進をしているという先達に対して、 やはり酔狂なのか関守はそれを見たいと言う。 しかしながら先達坊は、 有難い勧進帳を見せられぬと拒む、 ならば聴聞では、とせがむ関守の口調は、 もはや酔狂以上のものと察しがつく。 案の定、この地にも、 九郎判官義経一行が山伏に身をやつし、 逃亡を続けていることは伝わってはいたのだ。 大和坊と名乗る武蔵坊弁慶の一人芝居、 堂々たる貫禄で語られる勧進帳。 土壇場という舞台で、 彼の覚悟の強さが証明されるのだ。 土壇場という舞台でこそ、 生身のままで姿を現す人の強さ、 人となり、人の気質、人の力、人の能力。 さて、富樫泰家なる関守、 この男の目は、多くを物語っている。 見事な大和坊の有様に目を潤ませ、 先達坊の背後にいる若き山伏に 怪訝なまなざしを送りながら その先達が覆い被さるように身体を動かし、 主を常に守ろうとしているのも見ている。 だからこそ、先達坊には通行を許し、 後尾を歩く若き山伏を呼び止めた。 山伏は法螺貝のはず、 したが、その笛は? 義経が持つのは静御前の笛、 愛しい女性を抱くように持っている笛。 だがその笛が彼を窮地に追いやる。 いつものように彼は、 彼の愛情が彼の窮地を呼ぶ。 彼が呼ぶ窮地がこの郎党の運命となるのに。 だがこの土壇場という舞台で、 武蔵坊弁慶はもう一芝居打つのである。 何よりも大事な彼の魂の全てというべき、 源義経を盗人呼ばわりして、 地面に叩きつけ、何度も何度も、 何度も何度も叩きつけたのである、 怒りの芝居とともに苦悩を滲ませて。 武蔵坊は 厄介者と言っていた。 おまえのせいで皆に迷惑がかかる、と。 まさしく、その通りである。 涙ながらに。 武蔵坊は、厄介者と義経を罵倒した。 そして静御前の笛を踏みつぶす。 壊された笛、その笛の如く、 源義経は愛する人を守れない。 しかもそれをこの聡明な青年は知っていて、 弁慶の苦悩も郎党の苦悩も全て知っていて、 成す術なく、進むしかない。 皆の夢を背負ったまま進むしかない。 酔狂に見えてこの関守、 まるで最初から知っていたかのように言う。 目には涙を潤ませ山伏たちを見送りながら、 九郎、判官、と。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[テレビ番組作品] カテゴリの最新記事
|
|