「とりあえず生きている」
「何かのために生きている」

限られた時間だ、生まれて死ぬまでの。

土方歳三、彼は何度も
近藤勇を思い出していただろう。
ただ近藤勇のために、
生きていたはずの男だったと記憶する。
近藤は土方の生きる目的だったような気がする。

「一体私は何をすれば」

若き近藤勇の口癖を思い出しながら、
土方歳三の姿を目で追っていく。
1835年生まれの彼は34歳になって、
まだ1ヶ月にもなっていないというのに、
もはや堂々たる一軍の将に見える。
彼の指揮する軍は連戦連勝、
敵から奪った酒を振る舞ったりしている、
その人柄に新旧問わずの隊士に慕われているようだ。
だがその反面、土方は、
自らの死を覚悟し市村鉄之助に
故郷の多摩へ持っていって欲しいと
遺言のようなものを託していた。

函館、五稜郭。
新政府軍の函館総攻撃が始まる。
降伏を決めていた榎本武揚は、
なおも戦い続けようとする土方に迫られていた。
まだ、戦う、と土方は言う。
だが榎本には兵を渡す気などさらさら無い。
死ぬために戦おうとする土方には。

「死ぬために戦う」

試衛館の最初の仲間は八人だったのに、
今はもうみんな土方の元から去ってしまった。
きっと土方の脳裏には、
幾人かの仲間の死に顔が今も浮かぶはずだ。
死は誰にでも等しくやってくる。

だからこそ、土方の終生の友は、
その若き日必死に探していたのだろう。

「一体私は何をすれば」

生きている間、
その限られた時間に、
何をしたらいいのか、と、
近藤勇は何度も周囲に問い、
自分にも問うていたのかも知れない。
限られた時間なのだ。
限られた時間なのだから。

薩摩長州の新政府軍に対して、
榎本武揚を旗頭に蝦夷共和国が成立していた。
北の大地に新世界を夢見る男に何かを感じて、
土方歳三は死ぬためではなくて、
生きるために戦おうとしはじめていた。
限られた時間だ、
その時間を死ぬためにではなく、
生きるために使おうとしていた。

「とりあえず生きている」
「何かのために生きている」

だが、死は誰にでも等しくやってくる。

土方の腹部を銃弾が貫く。落命。
最期に彼は終生の友と再会する。
物語の中の土方と近藤は、
夢多き志のある青年であったと記憶する。
だが二人とも志半ばで落命するのだ、そして、
その死は歴史の本流から遠い場所に埋もれていく。

そうなのだ、
どれだけ懸命に生きても、
夢叶わぬ、という現実。

それでも、
諦めぬ者はいつの世にもいる。
愚かなロマンティストと呼ばれても。
とりあえず、ではなく、
何かのために。
榎本武揚もまた、
一度は覚めた夢を取り戻していた。
敗軍の将でありながらも、
後に新政府に登用されている。
北の大地に見た夢は、
幾つかは叶えることができただろうか。
それは他でもない、
榎本武揚だけの夢なのだ。
彼に対して土方が言ったように。

永井尚志は土方の死を知った
島田魁たちを諫め降伏の手筈を整える。
まるで次に道を繋ごうとするように。
土方の写真を胸に抱き、
市村鉄之助は多摩へと急いでいる。

志半ば、叶わぬ夢、
けれどもそれは彼らだけのもの。