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ハナは14年前、いつもの海岸でわたしが保護して、実家に押し付けた犬です。当時は母は、「いつまでも親が若いと思わないでよ」といいました。小学4年生、中学2年生の時についで、3回目でした。 もう何年も前におなかの皮膚に小さなしこりができていたのですが、今年の春大きくなって、切除しました。良性だろうとのことでした。外で(でも、父の教え子の大工さんが格安で作ってくれた立派なスペースです)暮らしていたハナは、家の中ですごすようになりました。今年の6月初めに母の姉が亡くなったときは、わたしが留守番に行って室内犬となったハナと、猫のさくらの面倒をみました。 先月、詳しい検査の結果癌とわかりました。しかもすでに内臓に転移しているだろうとのことでした。 10月4日、母から電話がありました。「姉に最後にあった時、ずっと待っていたと言われた。ハナも、お前に会わないと死にきれないんじゃないか。○○さんが、そう言った」と言いました。○○さんは、もう4年、ハナの散歩を頼んでいた訓練士さんです。ハナはもう散歩はできなくなっていましたが、母は今までどおり週に3回訓練士さんを呼んで、食べられそうな餌を選んでもらったり、留守番を頼んで買い物に行ったりしていました。 「おかーさん、わかったよ。ハナに会いに行くけど、私に会ったらハナ、死んじゃうんじゃない?」と言うと、母は「ハナも苦しそうだし、それでもいいよ」と言いました。おそらく、私自身がらっきょを看護していたとき何度か感じた、看護の限界でした。 10月5日、台風の中、実家に向かいました。 「ハナ、ハナ」 「ありがとう、ありがとう」 「がんばれ、がんばれ」 何度も、抱きしめました。 母が、「今朝も点滴にいったけど、今日は何も食べない」 お肉を焼いたり、ゆで卵を作っていた母。 母はハナを置いて外食に行く心のゆとりはないので、「じゃ、スーパーに買い物に行こう」「ハナ、おじさんといっしょに留守番ね」 ダンナの話では、そのときハナはこちらを見たと言います。私がそのあと「ハナ、息してないんじゃないの!?} 駆け寄った時、すでに瞳孔が開いていました。母が「あの時必死に声をかければ生き返ったんじゃないか」というので、「それはない。」と、いいました。 それから母が、友達や近所の人に電話しまくって 皆さん、ハナは私を待っていたんだ、と言います。 ハナは、母一人残していくのが心配だった。 犬の幸せは、飼い主がよろこぶことだといいます ありがとう、ハナ。ありがとう ありがとう
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