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現上皇様が譲位される時、あんなに「退位ではなく、譲位です」と言ったのに、
昨日の大河では、また「退位」という言葉が使われていましたね。 ・・・て、私がそう言っていたなんて関係ないことですが。 道長どころか、後の三条天皇、つまり皇族である居貞親王まで「退位」なんて。 内裏で二度目の火災が起こったことから、譲位の話が出ましたね。 (C)NHK 史実ではこの夜、一条帝は彰子の局にいたそうです。 そして、本当に誰も側にいなかったので、天皇と彰子は2人で逃げたとか。 天皇に夜勤で仕える人がいるはずだし、彰子も40人からの女房を引き連れての 入内です。 全員が揃うことはあまりないにしても、1人もいなかったなんて信じられません。 他でもない、居貞親王は三条天皇になってから、度々内裏が焼亡し、帝の徳が 無いから・・・ということで、道長から譲位を迫られることになるのも、今回 祟りだから帝は譲位すべきと言ったのは皮肉ですね。 (他に、目が見えなくなってしまったことも大きかったですが。) この火災の時、八咫鏡が焼けて形も留めない状態になります。 倉本一宏氏の「一条天皇」では、鏡を改鋳することになっていたのを、 実資が、作り直すと一般の銅を古来からの神物に混ぜることになるので良く ない、そのままで祀るべき、と言ったので、一条帝は 「諸道をして勘申せしむべし」 との命を下しています。 そして、天皇が里内裏である東三条殿に遷御し、鏡も当然帝と共に遷された のですが、新しい唐びつに入れて壁のある部屋に安置したところ、唐びつから 光が放たれ、それは部屋を照らす程明るかったということです。 このことは、道長の「御堂関白記」にも実資の「小右記」にも行成の「権記」 にも書かれているそうなので、本当にあったことなのでしょう。 私、ドラマの進行に従って「小右記」現代語訳を借りたいのですが、この暑さ で図書館に行くのが億劫になっています。 天照大御神から瓊瓊杵尊に渡され、地上に降りた鏡は伊勢神宮にありますから、 内裏にあるレプリカは作り直しても良いかと思いますが、レプリカでも長年祀っ ているうちに力を持ったものでしょうか。 いや、既に980年には消失したというような説もあり、果たしてドラマの寛弘 二(1005)年に八咫鏡が鏡の形を残していたかどうかは不明です。 この後、鎌倉時代やら江戸時代やらに作り直していなければ、現在皇居にある 八咫鏡は鏡の本体はなく、箱や”帯”のみとなります。 でも、上記のような奇跡を起こすのですから、大切にしたいですね。 (C)NHK まひろは淡い色の衣服が多かったですが、昨日ははっきりした色合いで綺麗 な女房装束でした 唐衣が赤だったのですね。 ちょっと珍しいかも。まひろもこれからは、赤や萌黄色といったいかにも 平安といった色合いを着て欲しいな。 (C)NHK ただ、赤い唐衣のたもとが、袿のたもとより短かったのが「ん❓」 でした。 (C)NHK こんな風に、一番上に羽織っている唐衣もたもとは袿と同じ長さがあるの ですが・・・。 もう1回ビデオ見てみます 裳についても言いたいところですが、長くなったのでこれで。 いつもポチっと応援ありがとうございます にほんブログ村 にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
August 26, 2024 04:54:35 PM
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