~僕と馬場さんの勝手な連帯~
第8回 無事、これ名馬
第1041回 2008年10月18日
1991年5月20日、全日本プロレス・スーパーパワーシリーズ福島会場。
体育館の通路で馬場さんは一生懸命にスキップしたり、その場で走るしぐさを繰り返していた。
1990年11月30日 帯広の試合中、リングから落ちた時に左大腿骨亀裂骨折。
三か月の入院を余儀なくされた。
50歳を過ぎたジャイアント馬場選手の復帰は誰もが無理だと思った。
その馬場さんが、僕の目の前でピョンピョンと動いているではないか。
とても軽やかだ。大きい体なのに軽やかでしかも動作も早い。
つい最近まで骨折していたとは思われない。
事情を知らない人がみたならば、とても骨折をして入院をしていた人だとは考えないだろう。
野球選手の時には「脳腫瘍」で大手術をし、さらには風呂場で転んで「左肘のけが」によりプロ野球投手生命を断念した馬場正平だった。
何度かの危機が「馬場正平」を襲ってきた。
その馬場さんが「ジャイアント馬場」になってからは、「無事、これ名馬」がぴったりの馬場さんだった。
やはり今回もそうだ。
流石、馬場さん!
もうじき復活だ。
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~僕と馬場さんの勝手な連帯~
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