人の関係が希薄になっていく恐ろしさ
人の関係が希薄になっていく恐ろしさ最近のニュースに改めて深刻に考えさせられた人は多いのではないでしょうか。つい数日前の子供二人を置き去りにして死亡させた事件。胸が詰まってしまいます。親って何なんだ。子供って何なのか。命ってそんなに軽いものなのか。人はそんなに残虐になれるのか。社会は?近隣は?肉親は?相手の男は?コミュニティって存在しないのか。人々の心はどこまで荒んでいくのか。相談する人はいなかったのか。逃げ込めるところは?そんなに簡単に子供を作っていいのか。母性は?書いているだけで涙がこぼれます。家族だけは最後の砦として、社会は成り立っている筈なのにどこまで崩壊を続けるのか。せめて、地域は一番心が落ち着いて、助け合い、面倒を見合い、姿を確認し合い、気に掛け合う身近な存在であった筈なのに。むしろ人との係わりを捨て、あくまでもビジネスライクに過ごす事や「忙しい」の合言葉の元に如何にもそれが最前線で在るかのごとき錯角をもち、人間としての本来の「人との関わりこそ大事」である事を忘れ去ってしまったのではないでしょうか。煩わしいこと、どろどろした事、面倒くさい事、おせっかいすぎる事、立ち入りすぎる事、甘えが過ぎる事、・・・家族で在ればこその事も存在するものです。ですが、そこが人間の良さだったり、一旦緩急あったときの最大の防御であったり、支えだったり、勇気の源泉だったりするものです。子供であれば尚更の事。この頃の100歳以上の方々の所在や行方の問題にしてもしかり。母親の行方を30年も知らないとか、引っ越していったきりどうなったか知らないとか。死んでいるも生きているも分からないとか。昨年の敬老の日に発表された100歳以上の方が約45,000人。数字さえも疑ってしまいます。行政も可笑しくなっているような気がしてなりません。経済を優先する余り、家族の絆を置き去りにするか、捨て去ろうとしているとしか思えないのです。政治も可笑しいです。素人政治でどうするのでしょうか。もう一度、原点へ立ち戻らないとどうしようもない時代が来るような気がしますが如何でしょうかね。本来からして、大事にしなくてはいけない事をなおざりにするつけはまもなく来るのではないでしょうか。素人判断ですが、かってのローマ帝国、近代のイギリスの破綻にも似ているような気がしますが如何でしょうか。二宮尊徳さんが「道徳のない経済は陳腐である」と言われましたが、今の日本はその道に向かってまっしぐらに突っ走っているような気がします。