90歳の義母
実は、昨年末に主人の母が天国に召されました。
1年少々の入院でした。肝機能の低下がもとで28日に様態急変してしまい小康状態の間々でした。29日に長男と病院に駆けつけましたしたが、意識もなく眠るばかりでした。
葬儀は正月は斎場がお休みなので、開けて2日になりました。
こんな時に亡くならんでもいいのにと、勝手の良いことを思う私でした。
しかし、少し母の思いはわかりました。
荼毘に伏せるまでの2日間は、大好きな家に横たわり。
通夜の時も、典礼会館の寝間でも一緒に過ごすことが出来ました。
大好きな子供達と過ごすことが出来ました。
湯棺をしていただいてすっかり綺麗なお顔になりました。
遺影も随分若いときの物にしました。
20歳で嫁に来て35年間いろいろ有りました。
実家の母が優しいだけに、環境や境遇の違う義母はとても苦手でした。
主人は末っ子の長男。お姉さま方の言いなりです。
同居生活に、あこがれていたのですが、辛抱できない私は3年くらいで別居をしました。
当然主人と長男と一緒にね。
結婚とは本人は当然ですが、家族、一族との結びつきです。
覚悟して決めることですね。
今更と言われるかもしれませんが、35年振りにまたこの思いを確信してしまった。
さて、義母の亡くなった悲しみよりも愚痴を言ってしまってつまんなく成りますので、気分を変えましょう。
葬儀の大変さをこの歳になるまで知らなかった。
実に大変です。
「私は、人様のお世話に何かならん」と割と聞きますが、とんでもないことです。
死んだら何もできないのです。
ただでは葬式は出せません。
100万は準備しておきましょう。
無宗教だって葬儀はします。それは、関わる方々が困るからです。
たとえ行き倒れでもです。
それと、年末に亡くなるのは大変です。
斎場は満杯です。十数基有る窯に名札が数枚も重ねて有りました。
待合室も大混乱です。下関市民30万人規模でも凄いかずです。
5日が初7日でした。
1年以上も住んでない家はネズミの家になっていました。
姉たちが少しは掃除をしていましたから、初めは分からなかったのですが、二日目の朝のパンがネズミに食べられていました。
そこいらじゅうに糞が転がって居るんですよ。
糞の大きさから予測すると、かなり大きなネズミらしい。
何故か線香の灰の中をかき混ぜる。
これは大変だと、祭壇のお供えものは人がいないときは、高いところにいどうです。
大掃除です。
幸いにして良い天気が続きます。
義母のおこないが天に届いてるのでしょう。
35年前に改築した台所は、配置がそのままです。
手を出すと嫌うので私は手つかずでした。
(口じゃあ良いように言われるんだけど....後がね....)
思いっきり掃除しました。
もったいない精神は、時としては良いかもしれませんが、ほとんどゴミに近いですね。
もったいない精神は、無駄遣いをしないことです。
物を増やさないことです。
食器棚を除けて掃除機を掛けてると、何だかほこりの他にトレイやラップがあるし、魚の骨がある.........と思ったら。ネズミの白骨でした。しっぽまで綺麗に付いていました。
20センチはありました。
豊田町西市は盆地で冷え込みが厳しい所です。
汗だくで寒いどころではありません。
ゴミ袋10枚全部を使いました。
台所だけでこの状態ですから、屋敷全体に成ると飛んでもないことになるでしょう。
しかし、蜘蛛が出没する頃までには済ませないと、私は田舎に行かなくなるでしょう。
西ノ市温泉
幸いにして、近所に道の駅が出来て温泉もある。
豊田町はあちこちで良質の温泉が出ています。
650円とお値段は良いのですが、最高に良い温泉です。
一日の疲れがほんとに取れました。
12日はお寺さんが来られるから、ネズミが悪さしてないことを祈ります。
私の希望、年を取ったら、小さな家に住みましょう。
年 賀 状
皆様に戴いた年賀状のお返事を出していませんことをお詫びいたします。
私は年賀状を、元旦に書いています。11月12月は忙しいので其の習慣に成ってしまっているのです。
今年もそのようにと準備していたのですが、賀状で出すわけにも行けませんので失礼しています。遅れますが、季節文でご挨拶させていただきますので、宜しくお願い致します。