カテゴリ:そのほか
朝3:45に起床し、4:00から朝食。
かなりの長丁場になるので、しっかり食べた。 5:10頃ホテルを出発した。 昨日と同じ場所でバスに乗り込む。 会場には6時頃に到着した。6時30分には荷物を5合目行きのバスに預けた。 7時前にトイレに行ったら、混んでいて、かなりまたされた。なんとかスタート直前にスタート地点に到着。ものすごい人垣が出来ていた。 しまった。 スタート~中の茶屋 スタートしてから次々に後ろの集団から抜かれる。信じられない位に体が動かない。 走りだして20分もしないのに、足が止まりそうになる。 しばらくしてどうやら頭に酸素が十分に通っていないらしく、頭が締め付けられるように痛くなりだした。しかし、それ以上にきつさがつぎつぎと襲って来て、とにかく足が前に出ない。 頭の中でリタイアという言葉がループしだして、自分でもいまどれくらいのペースで走っているのかよくわからなくなる。 意識が混濁状態のままでとにかく足だけ動かし続けた。 中の茶屋~馬返し スタートからこの区間までは、一体何百人に抜かれたかわからないというくらに置いていかれた。 一歩前に出る度にその脇をかわされていくのだからかなりひどい。 道路のコンクリートがひび割れていて、出来るだけ、ひび割れの少ないルートを選ぶものの、一歩踏み出す度にその隙間にちょうど足が入り込んで、バランスが崩れそうになる。先程までの疲れもあり、足がなかなか云う事を利かなくなるのが自分でもわかる。 途中リタイアを考えながらも、なんとか馬返しの関門を通過。 ちょうど関門を通過するとき、どこかの親父が電光掲示板をみながらもうだめだといっていた。このタイムだともう完走は駄目だということなのだろうが、簡単に完走をあきらめている親父に無性に腹が立ってきた。しかし、それと同時にまだわかりもしないのにその親父以上に完走をあきらめていた自分自身に対し怒りが込み上げて来た。 この親父があきらめようが、自分は絶対にあきらめるかと腹を決めた。 とにかく、「まだいける」「まだいける」とひたすら心に念じながら先を急いだ。 馬返し~5合目 この区間は、はじめ薄暗い林道を進んだ。どういうわけか、林道はこのような凹地型になっていて、私は左端を進んだ。 自分の中で意識は変わったが、相変わらずペースは上がらなかった。この区間でも相変わらず抜かれっぱなしだった。 5合目~8合目 5合目からは、無数のがれきがゴロゴロと転がるくねくね曲がった道が続く。がれきの上を早歩きで行くのだが、一歩踏み出すたびに、足場のがれきが崩れ何とも掴みようのない感じで足がうしろに流れるのがわかる。 はじめはどうも変な感じだったのだが、ピッチを意識すると左右の切り替えがスムーズに行くようになり自然とペースが上がった。 不思議なことにさっきまで抜かれるだけだったのだが、今度は逆に自分が前に出るような形になった。 相撲でよく調子が悪い力士が、どんな形であれ白星を積み重ねる事で調子を上げるという事があるけど、まさしくそれと同じで、自分が前に出た分だけ、また先行する人をかわした分だけそれが自分の中で新たな動力源となり、力が湧いて来るのが実感出来た。 この区間の後半部分は、大きな岩がいくつも横たわるようなコースでいよいよ険しくなった。私は、いつもアルバイトで自分の意思とは無関係に筋トレをしているようなものなので、全身の筋力をうまくつかって登れた。 8合目~山頂 8合目の山小屋でポカリを購入した。500mlのポカリで500円なので、1ml当たり1円ということになる。山では、飲み物は貴重だという事がよくわかる。 20秒程で飲み干し先を急いだ。 山頂の鳥居が見えていて手が届きそうなくらいであるのに、なかなか思うように体が動かない。苦しくて岩場を這うような格好になりながら、よじ登っていく。 ここまで来るとゴールが近い事やレベル的にも低いレベルでしかも実力が伯仲しているので、抜きつ抜かれつといった感じで、競り合いも熾烈になってくる。 次第に山頂から届いてくる声援が大きくなるのがわかった。山頂でぶっ倒れるつもりで、走った。最後、粘って数人かわし倒れこむようになりながらゴールした。 山頂 山小屋の前のスペースから下の方を眺めたら、遙か下の方に雲海が見えた。当然、その雲海のしたに富士吉田の街があるのだろうけど、全く見る事が出来なかった。 タイム目標は達成出来なかったものの、途中、馬返しまではいつリタイアしてもおかしくなかった事を思うと、よくここまで登ってこれたものだと改めて思った。 山小屋でおみやげを観ていたら、切り株のはがきがあった。なぜだか、九州にいる祖母の顔が思い浮かび、手紙を出すことにした。 そのあと、富士山の火口を見に出掛けた。 ガスがものすごくて底の方まで見えなかったのだが、それが不気味さを醸し出していた。 このガスの中に滑落したら、もう二度と戻ってこれないのだろうとおもったりした。 5合目のバスの時刻が午後2時という事で、疲れていたが急いで下山することにした。有る意味下山まで制限時間付きのレースだったが、無事に5合目まで下りて来られた。 それからバスで市役所へ。市役所では仮説の個室シャワーで汗を流し、急いで富士吉田を発った。 帰りは、富士急行で富士吉田まで戻った。それから、甲府まで行き。甲府から身延線で富士へ。 電車の窓側に座っていたのだが、やけに夕焼けがまぶしかった。 夕焼けを見ながら、今日のレースが無事に終わったことを感謝した。 途中、山梨県と静岡県の県境で日が暮れた。 そのあと、富士で東海道線に乗り換え、最寄りの駅で降りた。 まとめ: 今回のレースで自分は自分が思っている以上に踏ん張ることが出来る人間であると意外に思った。とくに、あの親父の一言が起爆剤になったのだが、リタイアを考える程の状態だったのに、よく富士山の頂きまで登り詰めたものだと思う。がしかし、それと同時にこんなことで満足しているような器の小さな人間でいいのかと思ったりもする。 もっと大きな夢が必要だなと思う… こんなことが本当に出来るのかというようなそんな夢があってもいいと思った。 結局、自分が思い描いているもの以上の事はどうあがいても出来ないと思うし、何も夢が描けない場合よりもそれがたとえ小さな夢であれ、実現も出来そうもない大きな夢であれ 夢が何もないよりかははるかによりよく生きられるのではないかなと思う。 何か抽象的なまとめになって申し訳ないけど、自分の頭の中であまり煮詰まっていないので、いまのところはこんなところかな。 その内、胸を張って自分にはこんな目標があるといえる日が来ればいいと思う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年08月03日 17時34分08秒
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