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カテゴリ:Figure Skating
2008年フィギュア世界選手権男子シングルを制したのは、カナダのジェフリー・バトル選手だった。これは本当に素晴らしいことだと思う。バトル選手はすでに25歳。解説をやっている本田武史と競ってきた選手で、フィギュア界では高橋選手より「ひと世代上」ということになる。ジャンプ重視の現在のフィギュアでは「そろそろ引退する時期」「もう終わってる選手」と見られてしまう年齢だ。
事実、ここ最近のバトル選手の成績は振るわなかった。今大会のカナダの国内大会ではチャンに負けて2位。それほどレベルの高くないカナダでタイトルが獲れなかったということは、「もう世代交代」だというという目で見られても仕方がない状況だった。 ところが、もっとも大事な世界大会でショートをノーミスで終えて1位。フリーでも4回転こそないもののジャンプをことごとくきれいに成功させ、スピンではすべてレベル4を並べた。プロトコルの得点を計算すると、バトル選手のスピンでの得点はランビエール選手より高かった。また、GOEで減点がほとんどない(「ほとんど」というのは1人だけルッツにマイナス1をつけた変わり者のジャッジがいたからだ)。すべての要素で加点をもらう超優等生のプロトコル。品行方正なバトル選手にふさわしい「成績表」になった。 バトル選手の持ち味はクリーンでシャープなスケーティング。清潔感あふれる表現力。軸がまったくぶれない驚異的な精度のスピン。そうした強みを全部出し切った。加えて、バトル選手の「お約束」になっていた最後のルッツでの失敗がなかった。いつも失敗しているフリー最後のジャンプ。これを跳ぶ前は見ていてこちらも緊張したが、根性で回って降りてきた。これがなんといっても一番賞賛すべき点だと思う。 フリーの総合点はなんと163.07。高橋選手の4大陸の175.84点には及ばないものの、同じく4大陸での自身のフリーの得点150.17を10点以上上回るハイスコアだった。ちなみに4回転を一度決めて優勝したランビエール選手のグランプリファイナルのフリーが155.30だったから、いかにバトル選手の得点が高かったかわかると思う。 これは4回転という大技がなくても、すべての要素を取りこぼしなくきちっとこなして加点をもらえば、勝てるという証明でもある。バトル選手はキム・ヨナ選手と同じ方向性で勝ったのだ。大会が大きくなればなるほど、「大技をもつ選手」ではなく、「失敗をしない選手」が勝つ傾向は高まる。一番よい例はトリノ五輪の荒川選手だろう。荒川選手は公式練習ではバンバン跳んでいた3+3を本番であえて回避し、完璧な演技を見せた。演技終了時点ではメダルの色は微妙だったが、後に続く金メダル候補のスルツカヤ選手もコーエン選手もジャンプで転倒した。スルツカヤがあんなところでコケるのなんて見たことない。こういうことが起こるのが大きな試合の特徴だ。 バトル選手の場合、最終グループの最終滑走で、優勝候補選手がバタバタ失敗して自滅していたから心理的に有利だったと考える人もいるかもしれない。だが、それはちょっと違うと思う。一番心理的に優位に立ったのは4回転が安定しているジュベール選手だったはずだ。事実、ジュベール選手は事前の申告では「3回跳ぶ」としていた4回転ジャンプを1度に抑えて、ジャンプミスのほとんどない演技を見せた。ジュベール選手がもし最終グループの最初のほうに滑っていたら、4回転を複数入れざるをえず、結果失敗してメダルはなかったかもしれない。ところが、ジュベール選手は最後から2人目。その前に滑った優勝候補が軒並み自滅した。 後ろにいるのは「たいしたことない」バトル選手だけ。バトル選手には4回転はないし、ジャンプもどこかで必ず失敗する。だとしたら4回転は1度で十分。そんな計算がジュベールのコーチにあっただろうと思う。事実ジュベール選手は演技が終わったとき優勝を確信しているように見えた。 最後に滑るバトル選手はジュベール選手よりずっと精神的にキツイ立場だったはずだ。ショートを1位で滑って、生涯初めての世界選手権での金メダルが目の前にぶら下がっている。なまじっかトップ選手が崩れたことで、ますますチャンスが高まった。そういう状況であれだけの完璧な演技をするのは並大抵のことではない。やはりバトル選手がこれまで積み上げてきた「経験」がものを言った。これまで何度もチャンスがありながら、ことごとく自分のミスでつぶしてきた過去の苦い思いがあってこその完璧な演技だったと思う。長い苦労が報われて、本当によかった。彼はインタビューや日ごろの態度も、素晴らしいとしかいいようのない青年だ。そうした選手が栄光を手にするのを見るのは嬉しい。 実はジュベール選手の得点がもう1つ伸びなかったのにはワケがある。ジュベールはフリップでwrong edge判定を受けている。ショートではボーカルを使ったということで「音楽の違反」で1点減点された。この音楽の違反はジュベール陣営には意外だったらしく、キス&クライでコーチとジュベール選手が猛烈に不審がっていた(ショートの録画をしてる人は見てください。転倒が1回なのに2点引かれ、驚いているジュベール選手とコーチの姿が映っています)。あの態度をみると同じ曲をヨーロッパ選手権で使って、そのときはボーカルと見なされなかったのかもしれない。だが、ボーカル禁止はルールなのだから、なぜわざわざボーカルに聞こえるような声(音?)を入れたのかちょっとわからない。 とはいえ、怪我があってシーズン途中でグランプリシリーズを離脱した世界チャンピオンがここで底力を見せたのはやはり素晴らしいことだ。今シーズン力を入れたというカート・ブラウニング振り付けのステップは期待したほどではなかったが、ここ一番でジャンプにミスがないというのは実力がある証拠だ。だが、フリーのとき、リンクに入ってから口にふくんだ水をそのままペッと吐き出したのはいただけない。フランス人選手のマナーの悪さ(特に気に入らないことがあったとき)はほとんど伝統だが、「ジュベールよ、お前もか」と思ってしまった。 <明日はウィアー選手が「復活できた理由」についてです> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008.03.24 13:45:34
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