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カテゴリ:Movie
<きのうから続く>
ツーロン滞在中のある朝7時、突然6人もの警官が家宅捜索にやってきた。そしてコクトーの部屋から阿片吸入器具一式すべてを押収していってしまう。そのときマレーもコクトーと一緒にいたために仲間だと誤解されてしまっていた。 「どうしよう?」 狼狽するコクトーにマレーは、 「中毒を治せばいいんだよ」 「無理だよ。治療は高くつくし、時間がかかる。パリで芝居の演出もしなけりゃいけないだろ」 「ジャン、中毒を治すべきだって」 「いや、もう港で身投げしたいよ。吸いたくはないけど、治したくもない。ぼくは死にたい」 「ジャン!」 コクトーの「死にたい」はマレーへの殺し文句。一度泣かせて味をしめたのか(笑)、やたらと連発してはマレーを困らせている。マレーのほうも慣れたのか、数年後パリで一緒に生活し始めてから、コクトーがコッソリ今度はコカインに手を出したとき、お返しに先に言っている。 (数年後、パリ) マレー「最近夜寝てないみたいだけど、クスリをやってるんじゃないだろうね?」 コクトー「まさか」 マレー「やってない?」 コクトー「やってないよ」 マレー「ボクの首にかけて誓える?」 コクトー「誓うよ」 夜、2人は同じベッドで寝ている。何度もバスルームに立つコクトー。寝たふりをするマレー。バスルームからは水を流す音はしない。マレーが立ち上がり、バスルームへ。コカインを吸っているコクトーを見つける。 マレー「それは何?」 コクトー「……」 マレー「コカインだよね」 コクトー「……」 マレー「ボクの首にかけてと言ったじゃない。ボクは死にたいよ」 とまあ、こんな具合。ちなみに、この晩、マレーはコカインの粉を便器に流して捨ててしまっている。 時間は少し戻って1937年10月14日、『円卓の騎士』が初日を迎えた。マレーは上がってしまい、練習どおりの演技はできなかった。「ジャン・マレーについては、彼は美しい。それがすべて」と批評記事に書かれる。マレーはそこに人々の意見を感じ取った。つまり、見かけはいいが、演技はよくないと。確かに当時の自分は、写真を見ると「フォンダンのようだった」とマレーは後に述懐している。フォンダンとは砂糖を再結晶させたもので、とても甘く、口に入れるとすぐ溶けてしまう。 だが、そのときのマレーは自分の演技が未熟だったことを認めつつも、どこかで自分は人が言うような見かけだけの俳優ではないはずだという確信を持ち始めていた。批判されても揺るがない何かが彼の中に芽生えていたのだ。 コクトーとの関係が確かなものになるにつれ、ジャン・ピエール・オーモンに対する競争意識は自然に消え、変わってマレーは「自分自身が進歩する」ことを目指そうと心に決める。それは生涯にわたっての俳優・ジャン・マレーの目標になった。 ところがそんな矢先、再びコクトーが何も言わずに姿を消してしまう。芝居を続けながら、マレーはあれこれ思い悩む。30歳を越えたばかりの無名のヴィスコンティがマレーにイタリアでの仕事を申し込んできたのはそんなタイミングだったのだ。 『円卓の騎士』の上演が終わりに近づいた2ヵ月後のある日、突然コクトーがマレーの楽屋に姿を現す。「彼と再会した喜びで、何も尋ねなかった」(マレー自伝より)。 オテル・ド・カスティーユに戻ったコクトーはマレーに、自分が予告なしにパリを去ったのは2人が親密になりすぎたために起こるであろう諸問題を避けるために逃げていたのだと話し、許しを請うのだった。 「3日間、私たちはオテル・ド・カスティーユの部屋を出なかった。食事も部屋に運ばせた」(意味深……)。 年が明けてすぐ、コクトーはモンタルジ(ロワール川のほとりの中世の街)で新作を書くから一緒に来て欲しいとマレーを誘う。書こうとしていたのは、マレーが気に入ったベテラン女優イヴォンヌ・ド・ブレとマレーをキャスティングに想定した戯曲。 「君はどういうものをやりたい?」 「極端で、活気があって、現代人の役。泣いたり笑ったりして、美男でない役」 こうしてマレーの希望を入れ、かつ彼と母親との異常なまでに緊密な関係を反映して出来上がったのが『恐るべき親たち』だった。 コクトーがマレーに読んで聞かせてくれたこの戯曲は幻想的な雰囲気をもった傑作だった。マレーはそう思った。だが、自分に当てられた役柄があまりに難しい。「自分の力量では演じられないのでは」とマレーは自信を失くす。だが、コクトーの信頼を裏切るわけにはいかない。 「若い俳優なら誰でも憧れる、最高に素敵な役だと思う。それにふさわしくなれるように一所懸命勉強するよ」 不安でいっぱいのマレーにとって助けになったのは、ベテランの名女優イヴォンヌとの稽古だった。イヴォンヌに助けられ、マレーは次第に役を自分のものにしていく。だが、本番が迫ったころにイヴォンヌは体調を崩し、やむなく代役をたてることになってしまう。 なかなか上演してくれる劇場が見つからないなどの困難はあったものの、なんとか初日を迎え、いざ舞台の幕があくと、この芝居は大当たり。今回は批評家の評判もよく、舞台俳優ジャン・マレーの名は一挙にパリ中、そしてフランス中に広まった。このときマレー25歳。入場料を値上げしても劇場は常に満員。マレーの収入もアップしていく。 そんななか、コクトーが「もうホテル暮らしは嫌だ」と言い出した。マレーは母と暮らしていた家を出て、マドレーヌ広場のアパルトマンでコクトーと暮らし始める。 <続く> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008.04.30 11:10:10
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