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Tomy's room Tomy1113さん
2008.09.13
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カテゴリ:Movie
5)ジャン・コクトー 「ジャン・マレエ」 出帆社
コクトーの公式な俳優ジャン・マレー論なのだが、1950年代初めと、書かれた時期が比較的早いせいか、はたまた翻訳がよくないのか、あんまり面白くない(笑)。『ジャン・マレーへの手紙』を読むと、「友人だからよく書いたと思われないように」客観的に冷静な評論にすべく苦心しながら書いている様子がうかがわれ、そっちのほうがむしろ人間臭くて真に迫ってきたりして……
私たちは最晩年までのジャン・マレーの作品をすでに観ているのに対し、1950年代初めの俳優マレーはまだそれほど、彼の能力のすべてを発揮していなかったというのも、このジャン・マレエ論と私たちの抱くフランスの大俳優ジャン・マレーのイメージとの齟齬につながっているのかもしれない。初期のジャン・マレーは、コクトーの愛人、美貌のスターというイメージだったかもしれないが、長いキャリアを通して、コメディやアクションなどの娯楽作品でも、重厚な歴史大作でも存在感を発揮できる多才な名優になっていったのだ。

6)ジャン・コクトー 「美女と野獣 ある映画の日記」 筑摩書房
こまかく訳注を入れるなど、翻訳者の探究心の深さに感動できる一冊。映画の日記の翻訳なのに、ほとんど研究書レベルの緻密さで作業している訳者には脱帽。ふんだんに入った映画のスチール写真も美しい。
筑摩書房って質の高い翻訳本出していたんだなぁ…… 偉い出版社だ。コクトー関連本では、東京創元社もよいものを出版していると思うが、筑摩書房の本は緻密な作りこみに日本出版社の志の高さを感じることができる(あくまで、コクトー本に関して、ね)。
この本でのマレーとの関係に関して言えば、コクトーが非常にマレーの機嫌を気にしているのがわかる。メイクがうまくいかずに癇癪を起こしたり、思うように撮影が進まず不機嫌になったりしているのを、コクトーは(かなりびくびくしながら)見ていたようだ。
コクトーを含めて、スタッフの健康問題に悩まされた撮影だが、不思議なことに、主演女優のデイはあまり体調の面で問題がなかったよう。贅沢な女性だったので、ロケ先で泊まるホテルには大いに不満だったらしいが、撮影での苦労というのが彼女に関してはほとんど書かれていない。
あの重たげな衣装とエクステンションをつけての凝ったヘアメイクを見ても、準備は大変だっただろうと推測できるが、不満やグチを言っていたようすもない。『美女と野獣』の成功はデイのプロ意識にも大いに助けられたのかもしれない。
あとはコクトーの病気。マレーの自伝とあわせて読むと、いかにこの撮影がコクトーの健康を完膚なきまでに破壊したかが手に取るようにわかる。
またコクトーの病院嫌いも、このときの入院がトラウマになったのかもしれない。友人たちが帰ってしまった夜、他の病人の苦しげな声を聞きながら、コクトーが恐怖心にさいなまされている様子が克明に描かれている。
もともと身体の弱かったコクトーだったが、『ジャン・マレーへの手紙』を読むと、マレーがそばにいてくれることで心身ともに安定し、闘病の勇気がわくことを認めつつも、「君をぼくの看護人にするつもりはない。ぼくの望みは君が幸福でいてくれること」と書き続けた。

7)ジャン・マレー 「私のジャン・コクトー」 東京創元社
マレーが80歳直前に書いたコクトーとの思い出。コクトーが亡くなって30年(!)後の著作ということもあってか、マレーの中ではコクトーという存在は一種の形而上的愛の対象に昇華してしまっているようだ。
若いころのオイタは忘れ、ひたすらコクトーを人生の師として崇めている。同時に、実像を離れて誤解がひろまっているコクトーを徹底的に擁護するという確固たる意思も感じられる。
ただ、自伝で明かしていなかった事実について触れた部分もある。
それは出会う以前のコクトーへの想い。実はマレーはコクトーに強烈に憧れていた。『地獄の機械』を見たときは、コクトーが自分に語りかけているとすら思い、「どんな犠牲を払ってもこの人に接近しなければ」と考えている。つまり、コクトーはマレーが演りたいと思う戯曲を書く作家であり、彼と出会えば自分の役者としての才能が開花するかもしれないことを、マレーはどこかで予感していたのだ。
自伝ではそこまで書いていなかったので、なぜコクトーと聞いて、自発的にオーディションに行く気になったのか、ちょっと曖昧な部分もあった。つまりコクトーとの出会いは完全な偶然ではなく、マレーがある程度、「どうしても会いたい」という意志を持って会ったのだということが、この本で明らかになっている。
最晩年のマレーは、コクトーが自分の演技を認め、賞賛してくれたことに誇りを感じながらも、「いろいろな役を演じたい」という自分の仕事への情熱がときに2人の時間を奪ったことに苦さも感じている。マレー自身によれば、自分はコクトーが言うようなよき天使などではなく、成功のための条件を整えようとする出世主義者だった。晩年のマレーのコクトーに対するほとんど宗教的ともいえる尊敬と愛慕の念は、そんな自分を無償の愛で常にやさしくつつんでくれたコクトーに、本来自分はもっと慎ましく仕えるべきだったという後悔の念ともあいまって、ますます強まっているようにも見える。

8)桜井哲夫 「占領下パリの思想家たち」 平凡社新書
タイトルどおり、占領下のパリの作家の政治的な立場を概観した研究書。コクトーと、彼の愛人としてのマレーにも触れられている。コクトーに関しては、ジュネを擁護したことで、「ジュネはコクトーの愛人(そりゃないって…。コクトーは面食いなのだ)」などと対独協力派新聞から醜聞を書きたてられたこと、それでいながら解放後、自分を攻撃した対独協力派の助命嘆願に尽力するなどコクトーの人道主義的な一面についても触れられている。
このエピソードは、マレーが繰り返し主張した、「憎しみを知らず、愛することを愛した人」というコクトー像を側面から裏づけるものともいえる。

9)キャロル・ヴェズヴェレール 「ムッシュー・コクトー」 東京創元社
13年の長きにわたってコクトーの一大パトロンヌだったフランシーヌ・ヴェズヴェレールの一人娘のキャロルが書いた、思い出の中の父・ジャン・コクトーのプライベートな実像。
キャロルはマレーに寄せるコクトーの真摯な想いを、少女らしい曇りのない眼で常に感動をもって見つめいてた。
コクトーが最初の心筋梗塞で倒れたとき、マレーはアメリカにいたが、すぐに飛んで戻ってきて、コクトーの枕元から離れなかった。それを見てキャロルは初めて大スター、マレーの素顔に触れたと思う。実はキャロルは知らなかったが、コクトーの生命が有限であることをはっきり自覚したこのときから、確かにマレーはコクトーに回帰し始めたのだ。マレーはこれ以前にできていた2人の間の距離を埋めようとした。それが一方では、ジョルジュとの訣別につながっていく。
コクトーの深刻な病気は、キャロルとマレーの距離も近づけた。以来、彼女は母がコクトーと絶交しても、常にコクトーのよき娘、マレーの賢い妹であり続けた。
本業は映画のプロデューサーだが、マレー没後は彼の評伝も書くなど、ライターとしても知られている。
この本の最後には、キャロルへのコクトーの私信も収められているが、泣いてばかりのマレーへの手紙とはうってかわって、ふざけてばかりでおもしろい。
「地理のテストでびりだった君なら知ってるだろうが、ドイツって長靴の形の半島で、その先にコルシカ島という別の小さな島のある国だ」
などとデタラメばっかりを教える見事な教育者ぶり(笑)。


ちなみに、ドゥードゥーことエドゥアール・デルミットが、コクトーについてもマレーについても何も書いていないのが、奇妙な感じを受ける。キャロルの言うように、寝てばかりの怠け者だったせいか、まったく文才というものがなかったのか、控えめな性格ゆえなのか、ドゥードゥーの見たコクトー、あるいはマレーについては何も残っていない。ドゥードゥーは一応画家ということになっているが、今はその作品を見る機会は皆無に近い。
マレーもラディゲについてはよく言及するものの、ドゥードゥーについてはほとんど何も触れていない。自伝には会話1つさえない。
ドゥードゥーはコクトーの死後、すぐに結婚し、あっという間に2児の父となり(そのうちの1人の名づけ親はマレー)、フランシーヌとも和解してサント・ソスピール荘に再び出入りするようになった。
スーパーエゴの持ち主ともいえるコクトーやマレーと違って、彼は平凡な、「色のない」タイプだったのだろう。個性の強いキャラクターのそばに長く留まれるのは、案外こういう人なのだ。
ドゥードゥーは一時、明らかにコクトーとマレーを隔てる原因の1つにもなったが、実のところこの非凡な2人の緩衝材のような役割も果たしていたのかもしれない。
ドゥードゥーは晩年は、マレーとコクトーが買い、のちにコクトーがマレーの持ち分を買い取ったミリィに住み、年上のマレーより早く亡くなっている。

アメリカ人バレエ・ダンサーのジョルジュ・ライヒは、1960年に入る前にマレーとの関係を解消し、その後ベルギーの映画などに端役として出た後にフランスを去り、1960年代の半ばにはカナダやアメリカで振付師として活躍していた。1985年ぐらいまではショービジネスにかかわっていたらしいが、その後の消息は不明。生きているのか死んでいるのかもわからない。生きていれば今年82歳。
映像は、プティ振り付けのバレエ映画『ブラックタイツ』のクリスチャン役ぐらいしか残っていない。

<オマケ>
昨日紹介した、マレー作・画『赤毛のギャバン*6つの愛の物語』(TBSブリタニカ)から
赤毛のギャバン
「ミラ」の物語の挿絵。棹立ちになった馬にまたがる王女。この場面の描写は非常に美しく、そのまま映画のワンシーンになりそうなほど

contes
「猫の王さま」の物語の挿絵。昔(1939年)コクトーとマレーが一緒に過ごしたル・ピゲの町を2人で再訪したときに、「ジャン・コクトーがしてくれた話」だという。再訪したのがいつかは不明


<明日は、意外と多くてビックリ、フランスで出版されたジャン・マレー評伝をご紹介します>





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最終更新日  2008.09.13 18:10:56



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