|
<先日のエントリーから続く>
ニューヨークのメトロポリタン歌劇場で、『ノートルダム・ド・パリ』の公演を行うべく準備していたプティのもとに、ヌレエフをゲストダンサーに呼んで、2~3回主役を躍らせてほしいと劇場の有力者からの要請が来た。 別のダンサーがもう決まっていたので、プティは気が進まなかったが、結局は折れてヌレエフと稽古を始めた。ヌレエフは明らかに、以前のヌレエフではなかった。すでに病魔に侵されていたのだ。何も知らないプティには、ヌレエフがわざと手抜きをしているように見えた。バカにされたと思ったプティは苛立ち、ヌレエフとの関係は悪化していった。実は天才ダンサーはこのとき、失われつつある体力を必死につなぎとめようと闘っていたのだ。 ヌレエフは、舞台初日までには何とか帳尻を合わせた。メトロポリタン劇場に詰め掛けた5000人の客は、ヌレエフにスタンディングオベーションを送った。プティにとって満足のいく出来ではなかったが、とにもかくにも、公演自体は成功した。 千秋楽の舞台がはねた後のパーティで、「事件」は起こった。さんざめく広間に、突然酒に酔ったヌレエフが現れ、プティに向かって、 「練習を妨害された!」 あ、違った。 「プティさん、あなたの駄作バレエに出た僕を、あなたは気に入らないって言ってるそうですね。1つ言っておきますが、僕はあなたのバレエに興味なんてないし、フランスのつまらない踊りにもあなたの振付にも、一切関わるつもりはないですから」 と言い放ったのだ。 パーティ会場は、一瞬にして凍りついた。ジジが2人の間に割って入らなければ、殴り合いになるところだった。 公衆の面前で侮辱されたプティは、 「も~、イヤだ。も~『おふくろさん』は歌ってほしくない!」 あ、違った。 「もう、ヌレエフに自分の作品は踊って欲しくない」 と、パリ・オペラ座あてに、ヌレエフのレパートリーからプティのすべての作品を外すよう指示する手紙を送った。 「もし喧嘩になっていたら、この愛してやまない怪物と私は転げ回って殴り合ったかもしれない」「一方では深い愛情を感じてはいたが、その時点では、彼と別れることが唯一の解決方法だった」(『ヌレエフとの密なる時』) 当代切っての人気振付師と天才ダンサーの大喧嘩は、周囲を困惑させた。友人が間に立って、なんとか2人を会わせ、関係を修復させようとしたが、プティは頑固に、あらゆる申し出をはねつけた。だが、内心では、ヌレエフ本人からの連絡を待っていた。 そして、とうとうその日がやってきた。ヌレエフがプティに電話をかけてきたのだ。直接家に来るというヌレエフに、プティは、 「僕は君が好きだ。わかっていると思うけど」 すると、ヌレエフの殺し文句。 「僕も君を愛している」 2人は和解し、オペラ座での共同作業を開始した。ヌレエフはプティに気を遣っていたが、暴言を吐かれたプティのほうは、完全に無傷な状態には戻れなかった。ヌレエフといても、プティの心はときに憂愁でいっぱいになり、2人が出会ったころのロンドンの日々を、1つのベッドで分け合った夜を、懐かしむのだった。 ヌレエフから待ち焦がれた言葉を贈られたのは、皮肉にもこのころだった。 プティの創造世界に戻ってきたヌレエフは、ある日、プティの両手を取り、いたずらっぽい笑みを浮かべ、愛情をこめて瞳をのぞきこみながら言った。 「今の僕には君こそ、最高の人だ」 ヌレエフの審美眼に絶対の信頼を置いていたプティは、とにもかくにも彼の心の中で1番の存在になれたことを喜んだ。 <続く> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009.05.31 21:43:25
[Art(オペラ・バレエ・ミュージカル関連)] カテゴリの最新記事
|