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カテゴリ:Travel(ハワイ・NY)
今日NHKのBSで21時から、映画『オペラ座の怪人』(2004年、アンドリュー・ロイド=ウェバー版)があるらしい。
この映画については6月5日のエントリーで書いたが、飽きもせず、またもブロードウェイで舞台を見てきた。 ブロードウェイでは、『オペラ座の怪人』の怪人が最長ロングラン作品になったらしく、マジェスティック劇場(Majestic Theatre)には、誇らしげにBroadway's Longest Running Musical という看板が掲げられていた。 もちろん、客席もほぼ満員。開場前には、隣の劇場にまで観客の列が伸びていて驚いた。みんなチケットをもっているのだが、小さな劇場で入り口も狭いので、開場時に行列になってしまうのだ。もっと早く劇場を開けて座らせればいいと思うのだが、ああやって行列を作るのも、1つの宣伝かもしれない。 ブロードウェイのマジェスティック劇場では、1階席(オーケストラ)、2階席(メゾネット)、それに「とにかく上のほうの席」で見たことになるが、座る席によっても、印象が違い、面白い。何度見ても飽きることがなく、また見てもいいなと思わせる、いろいろな意味で素晴らしいミュージカルだ。 席は、今回は1階席の前のほうだったので、舞台の臨場感がたっぷりと味わえた。目の前でシャンデリアが浮上したり、落下したりするので、迫力も満点。だが、その分、舞台の「仕掛け」もよく見えてしまい、幻想的な雰囲気には少し欠ける。それと、1階の前のほうだと、案外音が割れる。 もともとあまり音響のいい劇場ではないのだが、2階席のほうが音はまとまって、きれいに聞こえるかもしれない。 それに、これは運不運もあるが、今回前の席に座った男性が、ものすごい「大男」だった。マジェスティックは、前と後ろの席の間隔が非常に狭い、観客詰め込み型の劇場で、1階席の客席の高低差もあまりないから、大きな人が前に座ってしまうと、舞台の一部が盲点のように欠けてしまう。 これはとってもストレス。だが、こういう場合は運が悪かったと諦めるしかない。2階席の一番前なら、この不運がないので、総合的に考えると、2階席一番前の中央がベストの席かもしれない(値段は、1階席のほうが高い)。もちろん、2階のこの席は人気があるので、かなり前からでないと取れないと思う。 上の方の安い席も、案外いい。というのは、舞台から遠いので、たとえば、ファントムがクリスティーヌの楽屋の鏡に現れる場面など、「クリスティーヌが鏡に映っているのに、どうしてファントムの顔も見えるんだろう?」と不思議に思える。1階席の近くから見ると、何のことはない、鏡の一部に穴があいていて、その向こうにファントムが立っているという仕掛けだとタネがわかってしまう。 舞台にスモークが流れ、そこに舟が浮いている水面の演出も、本当に水の上を進んでいくように見えるのは、遠くの席のほう。近い席だと、舞台の床が見えてしまい、「ああ、スモーク流してるのね」と思ってしまう。幻想的な雰囲気を味わうなら、逆に舞台から遠い席のほうがいい。 だが、舞台に近い席は、人の細かい動きや衣装の細部が手に取るようにわかる。その生の魅力は時間を忘れさせてくれるもの。やはり値段が高いだけのことはある。このように見る場所によって違う味わいが生まれるのも、舞台の面白いところだ。 もう何度も見ているので、今回は物語に入り込むというより、「どうしてこのミュージカルが、ここまで受けるのか」という視点で見た。 ここまでヒットした理由をまとめると、「ウェバーの音楽が飛びぬけている」「演じるミュージカル俳優が素晴らしい」「舞台装置を含めた、演出が実にうまい」「物語がわかりやすい(大衆が感情移入しやすい)」ということだろうと思う。 音楽の素晴らしさは、いまさら言うまでもないと思う。インパクトのあるファントムのテーマThe Phantom of the Opera に始まり、ロマンティックなThink of Me、幻想的で妖しげなThe Music of the Night、誘惑の二重唱The Point of No Return… どれもこれも名曲ぞろい。 ミュージカル俳優の素晴らしさは、見るたびに感嘆する。最初に見たときは、ファントム役の歌唱が飛びぬけていた印象があったのだが、時を重ねて熟成するうち、すべての役者のレベルが上がってきたようだ。 もちろん、クリスティーヌ(Jennifer Hope Wills)とファントム(Howard McGillin)は声の表現力も文句なし。クリスティーヌが、カルロッタの代役に抜擢され、テストで恐る恐る歌い出すところから、舞台に立って歌っているところまでは、途切れなく続くのだが、最初はかなり緊張し、ヘタだったのが、見る見る自信に満ちてうまくなっていく。それを1つの歌の中で表現するのだが、もう圧巻としかいいようがない。 今回は普通はあまり話題にならない脇役、たとえば劇場支配人役の、年齢から言えば初老といえる俳優の声の素晴らしさ、動きの軽やかさに感動した。カネ勘定しなければいけない経営者特有の世俗的な「欲」を、ユーモラスに嫌味なく表現している。 デブなオペラ男性歌手ピアンジ氏が、実際に飛び切り美声のテノールだったりする(Evan Harrington氏)。いかにもオペラチックな、ちょっと浮世離れしたイタリア人キャラクターを非常にうまく演じていて、笑えた。 脇役の誰もかれもが素晴らしく(ただ、ラウル役のGeoff Packardだけがちょっと… ルックス優先の人選かな、と… 母音の発音がモロにアメリカ人なのも、もちろんワザとやってるんだろうけど、好みに合わず)、その役の性格をうまく表現してるのには、本当に驚く。日本では名古屋で劇団四季の舞台公演が始まるということだが、こうした点ではどうだろうか。 大掛かりな舞台演出――たとえば、シャンデリアの落下――は、最初に観客にこのミュージカルを「見たい」と思わせる目玉だが、それだけではなく、あらゆる場面で、この作品は演出が実によく考えられている。 マジェスティック劇場自体は、それほど大きな舞台ではない。それがオペラ座の舞台になったり、屋上になったり、地下になったりする。舞台という制限を逆手に取った、見事な演出。これは映画版と比べてみると、また面白いのだ。 映画では、「舞台ではできないことをやろう」としてる。たとえば、オープニングのオークションの場面。ちょうどこちらに映画のオープニングがあるが、見ていただくとわかるとおり、シャンデリアの浮上とともに、蜘蛛の巣の張った、モノクロームの劇場内部が華やかな色を取り戻し、時間が過去に戻っていく。 こうした演出は舞台ではできない。だが、シャンデリアが浮上して、暗いオークションの場面から、きらびやかな出し物を演じている明るい舞台へと転換するだけで、劇場では十分なのだ。 また、クリスティーヌが鏡を通過して、ファントムにオペラ座の地下へ導かれるシーン。映画では、「鏡の向こうの世界」がつぶさに映し出されるが(動画はこちら)、舞台では、ファントムとクリスティーヌが、まず楽屋のある舞台の床を横切り、すぐに舞台の上部から出てきて通路を横切り(まるで瞬間移動したように見えるが、つまりは別人が同じ衣装で出てきている)、またすぐにやや下のほうの通路を横切り、最後に舞台の床を横切って、床にあいた穴からさらに下に下りて姿を消す。 そうやって、「オペラ座の地下の空間へ移動している」2人を演出するのだ。映画のような人の手の燭台も、石の階段も、馬も出てこないが、別の意味で、スピーディな息詰まる展開になっている。 映画での「仮面舞踏会」のシーン(動画はこちら)が、扇子を印象的に使い、パントマイムの動きを取り入れた、謎めいたダンスシーンになっているのは、すでに過去のエントリーで述べたが、舞台のこのシーンでの主役は、やはり大階段。舞台の大半を占領している大階段ですべてが展開する。映画のような目まぐるしい動きはないが、舞台ならではの、どっしりした、迫力ある演出が実に壮大。 一番違うのは、やはり最大の見せ場の1つである、Point of No Returnかもしれない(映画の動画はこちら)。 映画では、動画でおわかりのように、ファントムは最初から仮面をつけて、つまり半分顔を見せて現れ、男の色気ムンムンでクリスティーヌに迫る。クリスティーヌもそれに呼応するように、挑発的なモーションをファントムにかけて歌う。 2人のただならぬ雰囲気を見守る人々、脇で踊るダンサー、そしてラウルの涙と、細かくもテンコ盛りの演出になっているのだが、舞台では、この場面にはファントムとクリスティーヌしか出てこない。非常にシンプルだ。 ファントムは顔まですっぽり黒頭巾で覆って舞台に現れ、謎めいた陰鬱な雰囲気で中央のベンチに腰掛け、全身黒づくめのまま、じっとうつむいている。そして、最初のうちクリスティーヌは完全に「舞台での自分の役」を、それも自信をもって演じているのだが、途中で頭巾の下の仮面に触れて、それがファントムであると気づき、戸惑い、怯え始める。このクリスティーヌの感情の変化は、映画でのこの場面の解釈と相当違って面白い。 そして、ラスト。映画はかなり冗長で、ファントムが姿を消すのは鏡の向こうという設定(このあたりにも、ジャン・コクトーの影響を強く感じる)だが、舞台では、ちょっとしたマジックショーのように、椅子に腰掛けて布をかぶったファントムが、追っ手が来て、布を剥ぐと姿を消して仮面だけになっているという演出。斜めに当たったライトが、くっきりとファントムの仮面を浮かび上がらせる、舞台ならではの印象的な終わりになっている。 前回ブロードウェイで『オペラ座の怪人』を見たときは、『レ・ミゼラブル』もやっていた。個人的には後者のほうが好みだったのだが、結局『オペラ座の怪人』のほうに人気という面では軍配があがったようだ。ミュージカルはやはり、大衆のためのエンターテイメントだから、続いてナンボのところがある。 『オペラ座の怪人』のほうが『レ・ミゼラブル』より通俗的だが、その通俗性ゆえに、多くの人々の感動を誘うのだろうと思う。1人の女性に2人の男性、しかも最後にヒロインは、善良な美男と結ばれるという甘ったるい筋書き。だが、そこがいいのだ。だからこそ、選ばれなかった醜い罪人ファントムの孤独と悲しみが、人々の胸にストレートに迫ってくる。 しかも映画と舞台と、違った魅力があり、どちらも映画は映画として、舞台は舞台として非常によくできている。劇団四季の舞台公演が、名古屋で始まるらしい。予告の動画はこちら。 映画を見てから舞台を見てもいいし、舞台を見てから映画を見てもいい。 『オペラ座の怪人』は間違いなく、20世紀を代表するミュージカルの大傑作。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009.06.25 23:34:46
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