豊作の予感~?
今朝の起床は5時9分でした。カミサンの目覚ましより早起きしましたよ。昨日は忙しかったのか、書き込みできませんでした。たまにゃ~あるさ!書き込み率が落ちるのが最近嫌で、とにかく書き込み率を上げようとしている自分が嫌になる時がある。今年のキウイの花芽が多い話は書いたが、開花したキウイ花を貼っていない。本日の冒頭写真はこれにしようと思ったのだ。キウイの花雌花アップ果実、違った過日、空白さんが「鰺ヶ沢の光信公の館ど関の甕杉の板碑サ、ちであべ(津軽弁=連れてって)」というメルが来た。私も一通りの家事を終えてたので生返事。「あぁ~いよ~!ばって、洗濯物を庭に干しているから、それを取り込んでからねぇ~彼の家に迎えに行くと千鳥足で出て来た。フラフラしながら足元が危うい。「オメ、朝がら酔っぱらってらのが?酒臭せぇ~や!」「きなの残りダァ~ッ」あれま!の思いがあったが折角来たのである。ロングドライブに仕方なく出掛けたのでる。彼曰く「酒は飲んだごたぁ~ねぇ~。いつも飲まれでるぅ~」なのだそうである。どうする事もできない爺様である。私は久々にロングドライブ。おまけに車は満タンである。海を見ながらウエストコーストの風を肌で感じるのだぁ~!彼を無視して私だけが楽しもうと思った。節操のない彼はあっちへ行け~こっちに行け~を連発する。無視しながら一路鰺ヶ沢に向けて車を走らせた。鰺ヶ沢は第二の故郷であると思っている私に赤石に行くにはこっちだよ~!一々指図する。「おべでらはんで、いごさね!(津軽弁=分かってるから大丈夫だよ)」車は金アユで地元では著名な赤石川を上流に向けひた走る。光信公の館駐車場脇の売店しかしながら、光信公の館は閉館中だった。「どしもなねな~ちゃんと調べてこねんだがして!(津軽弁=どうする事もできないなぁ~きちんと調べて来なかったのかい)」一応、入り口付近の写真を撮って海岸線に戻る事にした。すると彼は突如として予定していない「潮騒マンさんのドゴさ行くべ、深浦サ行くべ」。彼は気楽なものである。行きたい所を喋るだけでいいのだから。「わがったづの!(分かりました)潮騒マンどごは今日臨時休業ってブログさ書いてあったよ!」関の甕杉は潮騒マンさんの駐車場の上なので、そこへ車を置いて登る事にした。「のっ登れねぇ~やめた」足元がふらついている。「オメが行きてえ~たんでねんだがして?」階段から落ちてもいけないと思い、それ以上の追及は止めた。すると、またまたいきなり「魚鱗でまま食うべぇ~」私も暫く振りに尋ねてもいいと思った。ここ数年お邪魔していない。昼飯をここで食べる事にした。そこから42.195キロ離れているが、来たついでである。海岸線沿いに南下する。やはり気持ちがいい。久々の海を見ながらのドライブである。そっかぁ~ボロジェクトを発動しなくなって長い年月を経たように思えた。今、ボロジェクトはセイリングさんとこの物置と化しているらしい。それも確認する意味でも行って置きたかった。釣り道具なども放置したままだもんね!私は昼食を魚鱗(ぎょりん)で取った。良子さんはお元気そうだった。ここのお店の奥さんである。「わいはぁ~懐かしじゃ宮ちゃんでねのッ(あれまぁ~なんて懐かしい方なのでしょう)」私が鰺ヶ沢時代(20年ほど前)良くこの店で昼食を取っていた。私の勤めていた会社の先輩だったのである。それから時々、深浦に行った際にも、良く昼食を食べていたのである。セイリングに通い出した時代以前の話である。またまた、海辺で焼肉丼を食べたのである。彼はコーヒーを注文した。「こごの勘定オメ持でっ。次オラ持づ」私が支払った。当然次は彼が持ってくれるはずであった。しかし、帰りの車の中では終始無言の彼であった。酔いつぶれて寝てしまっていたのである。さもありなん!どうする事もできない爺様との一日だったのである。このロングドライブは彼の記憶には残らないだろうなぁ~!と正直思っていた。とっつばれ!魚鱗からの海側風景