カテゴリ:東京星図めぐり・旅行・街歩き
哲学堂にあった世界の聖人の彫刻の続きからです。
哲学堂公園の由来や歴史について、HPより引用させていただきました。 哲学堂公園は、明治37年に哲学者で東洋大学の創立者、故・井上円了博士によって精神修養の場として創設された、哲学世界を視覚的に表現し、哲学や社会教育の場として整備された全国に例を見ない個性的な公園です。 昭和50年に中野区立公園となってからも、古建築物の修復、整備を重ね、また中野区内でも有数の花の名所として親しまれる公園となっています。広大な敷地内には野球場・庭球場・弓道場もあります。 昔、哲学堂公園の地は、源頼朝の重臣である和田義盛の城址でありました。 哲学者であり、東洋大学の創設者でもある故・井上円了博士が、明治37年小石川原町(文京区白山)に開設された哲学館大学(現・東洋大学)を記念して「四聖堂」を建設しました。 「四聖堂」は、孔子・釈迦・カント・ソクラテスを祀り、「哲学堂」とも称しました。これが哲学堂の名前の起こりです。 井上円了という人は、ゴースト・バスターとして有名ですが、敷地内には、「幽霊が出る梅ノ木」というのがありました。 くわしい由来は残念ながらわからないのですが、井上円了がもと住んでいたところに生えていた、幽霊が出るという噂の梅ノ木を、ここに移植した、と、立札に書かれていました。 それが、こちらの梅の木です。 じっさいに、目の前でこの梅の木を見ると、この世のものとも思われない、引き込まれるような美しさでした。 はかなさも、ただよわせています。 形ある世界(この世)と形無い世界(あの世)の、ちょうど境界線にたたずんでいるような、そんな危なさも感じました。 ☆ 哲学堂公園の中にある、看板に書かれている言葉が、哲学的で難しくて、特徴的だったので、何枚か写真に収めてきました。 こちらの楽天ブログでは、1日にアップできる写真の容量が小さいため、他の哲学堂のお写真は、こちらの『東京星図めぐりレポート』のブログのほうに、まとめてアップすることにしました。 よかったら、見てみてくださいね。 ☆ なお、哲学堂公園の度数ですが、広大なので、一つの度数には納まりきらないと思います。 だいたい、山羊座終わりから、水瓶座初期度数に位置すると思われます。 井上円了のゆかりの場所であることを考えると、ゴースト・バスター的なのは、やはり水瓶座のようにも思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2018.08.05 16:26:02
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