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カテゴリ:映画
アカデミー賞の6部門でノミネートされた大ヒット作『アメリカン・スナイパー』を観に行ってきました。米軍史上最強の男クリス・カイルを演じるのは、『ハングオーバー』シリーズや『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(ロケットの声役)でお馴染みのブラッドリー・クーパー。伝説のスナイパーが歩んだ生涯を熱演してくれました。
※ネタバレ注意 戦争がいかに人を傷付けるかを生々しく描いた傑作でした。 主人公のクリス・カイルは、グリーン・ベレーにも並ぶ精鋭特殊部隊シールズの狙撃手として戦場で活躍し、「伝説」と呼ばれるようになります。4回の遠征を経て、米軍史上最多の160人射殺(非公式記録では255人射殺)を達成した、言わばアメリカの「英雄」ですが、そんな彼を戦争の闇が蝕んでいきます。 作中、クリスは敵軍であるイラク人のことを「蛮族」と呼び、「悪」であるとして殺害を正当化します。これは、クリスが差別主義者なのではなく、人殺しの罪悪感で精神崩壊してしまうことを防ぐための自己暗示だったのでしょう。 初仕事で、クリスは女性と子供を射殺します。任務上仕方の無いこととは言え、人殺し自体が初(しかも完全武装の悪人ですらない)ですから、クリスの罪悪感は頂点に達したことでしょう。 そこで、クリスは少し憂いますが、特にこれといって苦しむこともなく場面は切り替わっていきます。 ここのシーンは極めてリアルだと思いました。罪悪感は表に出されていませんが、内部では凄まじい葛藤が繰り広げていたことでしょう。 私にも経験がありますが、何か非常に受け入れがたいことに直面した時、表に出して嘆き苦しむようなことはしませんし、できません。あまりにも非現実的なことだからです。それでも内部からチクチクと苦悩(罪悪感)が攻撃してきて、それがとてつもなく不快かつ致命的なのです。そこで、この苦悩を抑えるための思想を探すのですが、その期間は端から見れば、ただボーッとしているだけのように映るのです。しかし、心の中では必死です。 この映画では、苦悩を抑えるための思想が、「奴らは蛮族だ、悪だ」ということだったのでしょう。以後、彼は殺人を厭わなくなりますが、ただ思想によって抑えているだけなので、無意識では罪悪感はどんどん蓄積されていきます。まして、ちっぽけな苦悩などではなく、人を殺すという究極的な苦悩です。いずれ爆発します。 その様子が、この作品にも描かれています。戦場という極限状態から家庭という安心の地に帰った時、クリスは「心は戦場にある」かのように、闇に取り憑かれます。 安心の地ということは、その分思考することができることを意味します。考える余裕の無かった戦場では、蛮族思想によって精神は持ち堪えられていました。しかし家庭では、より踏み込んだ思考もできるようになってしまいます。「蛮族というのは、本当に正しい認識だったのか?」「伝説と呼ばれても、自分はただの大量殺戮者に過ぎないんじゃないのか?」これを認めてしまうと、精神は崩壊してしまうので、決して認めるようなことはしません。故に、常に「いや、奴らは確かに蛮族だった。悪なんだ」と自分に言い聞かせることで、それを防ごうとします。思想と思想を戦わせる必要があるのです。心は戦場と化します。 もちろん、こんな状態では心に安らぎは訪れませんし、むしろどんどん疲弊していきます。扱う問題も人殺しという重さを誇っているので、病む一方です。器にヒビが入っていき、遂には常軌を逸した行動に出るようになります。作中でも、クリスはちょっとしたことで愛犬を殺そうと拳を上げます。 「蛮族を殺したことを後悔したことはない。全ては仲間のため」 作中、クリスはこう語ります。これも心底そう思っているのではなく、ただの自己暗示で、本当は罪悪感に押し潰されそうになっている状態です。それを見抜いた先生は、元軍人でクリスのように苦しんでいる人たちを紹介します。これはクリスには最大の癒やしになったことでしょう。「苦しんでいるのは自分一人じゃない」これぞ心の特効薬です。少なくとも孤独感は和らぎ、苦悩もそれに比例して小さくなっていきます。 「痛み分かち合えるって、光に思えた」 高橋優『旅人』の歌詞からの引用ですが、まさにその通りで、苦悩を分かち合うことでクリスは再生の一歩を踏み出します。 クリスの再生は順調に進み、退役軍人のケアというやりがいも見付け、彼の人生は息吹を吹き返します。そんな矢先に、クリスは殺されます。同じPTSDを患っていた退役軍人によって、あっけなく。 クリス殺害シーンを映さず、唐突な終わり方にしたのは秀逸な演出と言えます。あの唐突さによって、観客は作中から一気に現実に引き戻され、その意味を深く思考することができるのです。無音のスタッフロールも素晴らしい。クリスへの黙祷の意味もあると思いますが、唐突なエンドによって発生した思考を邪魔しない見事な演出です。 この映画は、戦争の闇と、それに向き合い破滅と再生を経験する主人公を、丁寧かつ迫力満点に表現した傑作と言えるでしょう。PTSDを患った退役軍人が、愛する者を殺めてしまう事例はアメリカでも多く見られます。これは自らの手で妻子を殺めてしまったヘラクレスになぞらえて、ヘラクレス・コンプレックスとも呼ばれています。ヘラクレス・コンプレックスを引き起こす原因は、人殺しを常とする戦場に他なりません。戦争の闇からは、伝説と呼ばれし英雄であったとしても、決して逃れられないのです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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