佐藤商店の人々 [4/6]
佐藤商店の人々 [4/6][専務(53歳)][承前] 純正。『じゅんせい』なんて変な名前ですねって初めて会った時に言ったら、彼ったら『すみまさ』って読むんですってムッとしていたわね。あの人と他のふたりの男たちに誘われて一緒に会社を始めたのは20年前だった。会社の経営が軌道に乗ってからのこの10年間は、月収100万から120万円の間を推移していた。いまの私には、毎月の支出70万円以下の暮らしなんて考えられない。残りのお金はもちろん、ち・ょ・き・ん。1億3,000万円の定期預金があり、株の運用にも1,500万円くらい回している。 離婚した前夫との間にできた一人息子は、今年アメリカの大学を卒業して独り立ちする。世間様から見れば、私の人生は随分と恵まれている方だろう。私から言わせれば、これ全て私個人の努力の賜物だから当然だって思ってるけどね。 彼女は純正と何回か寝たことがあった。両手だけでは足りなくて、両足も使えば足りるくらいの回数だろうか? 男は性格そのままのセックスをする。純正のは勢いはあるのだけれど、自分だけが満足して先に行ってしまうような味気ないセックス。彼はもちろん私のタイプなんかじゃないけれど、長い間一緒に仕事をしていると、ある時には同志のような連帯感から、またある時には同情のようなものから、時には惰性でそんな雰囲気になってしまって抱かれてしまった。そんなセックスってやっぱり哀しい。ここ何年かは、いちども関係を持っていなかったわね。 ああ、明日から一体どうやってお金を稼げばいいのかしら? 前から誘われてたあの会社の常務の女にでもなればいいのかしら? あのガマガエルのような顔は思い出しただけで虫酸が走るけど。 和子は自覚していた。自分がひどくわがままで、社員ばかりでなく出入りの業者にまで敬遠されていることを。それでも良いと思っていた。会社の重役が社員に迎合したり、業者にペコペコする必要など少しもないのだと信じていた。 明日から私が社長になるといったところで、付いて来てくれる人なんてひとりもいないでしょうね。 常務と部・課長、7人の男たちは、会議室で警官ふたりの事情聴取を受けている。当然のことながら、警官たちは和子にも加わるようにと言ったが、彼女は眩暈がすることを理由に外させてもらった。 8時56分になった。もうすぐ平社員たちがオフィスに飛び込んで来ることだろう。和子はオフィスを後にしてエレベータに乗った。行く当てなどひとつもなかった。