命の軽視
* 聞いた話。ある日、忘年会があったそう。その中の1人が帰り、タクシーを使った。その道中、タクシーは猫を轢いてしまった。猫を轢いた時の感触も感じたそうだ。しかし何事もなかったかのようにタクシーはそのまま通り過ぎた。次の日、タクシーに乗っていた奴は興奮して言ったそうだ。「さすが、タクシーの運ちゃん!猫を轢いても全く動じなかったよ!」・・・プロ意識? さもそれが、スゴイ事のように、カッコいい事のように話していたそうだ。その話を聞いていた人達も、奴に同調し、笑いながら聞いていたと。怖い人たち。猫の命を、その一生を無残にも勝手に奪い、それに対して何も思わない・感じない心。そこに罪の意識はまったく、まったく感じられない。猫だって、人だって、その命を奪ってしまう重み、大きさ,は一緒だと思う。動物だと、どうしてその重みが軽くなってしまんだろう。* もう1つ聞いた話。農家に数匹の野良猫が住み着いていた。敷地が広いこともあり、農家の人もご飯をあげて可愛がっていたそうだ。ここだと面倒みてくれるだろう、と捨てていく人もよくいたらしい。しかし、先週、心無い者の仕業により毒が撒かれた。朝、いつも通りにご飯を持っていった農家の人は、畑の脇や溝で冷たく固くなった猫を見つけ、泣きながらお墓をつくっていたそう・・・。毒を撒いた人は、「もう猫を殺さなきゃ解決できない」、と思いつめていたのかな。猫がいなくなって、「これで良い年を迎えられる」、とでも喜んでいるのかな。これも大掃除の1つだったのかな。どちらの話も、猫はまったく悪くない。犠牲になるのは、いつも動物なんだよ。人が変わらない限り、動物の犠牲はなくならないのかな。クリスマス前に、暗い話でスミマセン(;_;)