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カテゴリ:随筆集「百鳥譜」
通勤でお世話になっているJR鹿児島線といえば、毎日のように遅延することで有名である。
しかし今日のように体調が悪いときは、速やかに来て、さっさと家に連れ帰ってほしい。 定時まで歯をくいしばって仕事して、ふらふらしながら駅の改札をくぐる。構内に出てみると、列車は「8分遅れ」とあった。 まあ8分なら許容範囲だよね。ベンチに腰掛け、泉鏡花の「夜叉ヶ池」を読み始めた。 うっとりするような言葉のつらなり。泉鏡花の作品の味わいは、北九州の名物でいえば、湖月堂の美しい高級和菓子というところか。 幻想的で、水の中の花をみつめているみたい。 舞台は福井県と岐阜県との境のあたり。作品の中にちらりと登場する「今庄町」を訪れたのは、僕の二十歳の誕生日だった。慈眼寺というお寺があったっけ。 ところで作品には、鯉七とか鯰入とか登場するけれど、wikiによると、現実の夜叉ヶ池には魚類は生息していないという。 池の生態系の頂点は、夜叉ヶ池の固有種であるヤシャゲンゴロウという昆虫なのだとか。 ほう、とため息をついて読み終えたのだけれど、なぜか列車はまだ来ない。電光掲示板を見ると、「8分遅れ」だったのが、いつのまにか「50分遅れ」に変わっている。 ・・・・・・うそ。 仕方なく、林芙美子の「風琴と魚の町」を読み始める。 泉鏡花の幻想的世界から、一転して、低所得層のリアリズムに引き込まれる。その味わいを北九州の名物に譬えると、製鉄所の労働者がビールを片手に舌鼓を打つ、ニンニクのきいた八幡餃子というところか。 読んでいるうちに、ようやく待ちに待った快速列車が到着した。 物語の舞台は、広島県尾道市。そう、福山のすぐ隣の町だ。吉和漁港など、なつかしい地名が飛び出てくるのも楽しい。 この作品は、なんといってもラストが有名だ。 妻や娘の前で、お父さんが巡査にビンタを食らう。 「さあ、唄うてみんか!」 お父さんは、奇妙な声で、風琴を鳴らして行商の歌をうたう。 「二瓶つければ雪の肌」 「うどん粉つけて、雪の肌いなりゃア、安かものじゃ」 「もっと大きな声で唄わんかッ!」 さらにビンタ。ああ、なんという屈辱。お父さんの気持ちになって、胸が潰れそうになる。 ところで、快速列車のはずなのに、なかなか小倉へ到着しない。作品を読み終えても、まだトロトロと走っている。 早く帰って横になりたいのだけれど。 ようやく小倉駅に着いて、乗り換えである。門司方面行きのホームに移動して、列車を待っていると、駅のアナウンスが響いた。 「次の門司港行き列車の到着時間は、現在のところ見通しが立っていません・・・」 ・・・・・・うそ。 仕方がないので、林芙美子の「清貧の書」を読み始める。八幡餃子のおかわりである。 物語の舞台は東京。その味わいは、「風琴と魚の町」よりも、さらにニンニクがきいていて、胸焼けがしそう。 ああ、帰って、はやく休みたい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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