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カテゴリ:心象スケッチ
うっかりしてましたが、口語自由律俳誌「新墾」の353号が出来上がりました(7月に)。 夏鳥くる鍋の中はからっぽ 蛙になったばかりでもう惹かれたか まだ曲がっていない曲がり角のむこうに海 など、もずの俳句も5句掲載していただいています。 そうそう、前回の記事で「全国同人雑誌優秀作」に選ばれましたと報告しましたが、最優秀作の選考では、もずの作品(「負け犬」作品番号83番)はあまり評価されずでした。ノミネートされた5作の中ではいちばん低い評価でした。 それでも一応優秀作。その表彰式が東京で10月に行われます。ただ、こういう時期ですし、自粛して出席は見送ろうと思っています。もう何年も東京へは行ってないので、行きたいな、という気持ちはあるのですが。 さて。 象先生ではありませんが、ホントに書くことがありません。 東京2020オリンピックが開催されて、僕は主にラジオで実況中継を聴いていました。 卓球とか、体操とか。 ああいうめまぐるしい動きのある競技をラジオで中継するのって、めちゃめちゃ修練がいるだろうな、と、むしろそんなことばかり気になりました。なにせ映像がありませんから。「○○選手、さあ、カットサーブを打ちました、相手コートのぎりぎりに球は入って」とか言ってる間に、ピンポン球は卓球台を2、3往復しちゃうわけじゃないですか。これはたいへんだろうなーと。 アナウンサーの方によると、そういうのにもコツがあって、たとえば卓球の場合、選手のどちらかを視点人物に設定して、その選手から見た試合運びを実況すると、うまくいくのだとか。 視点人物の設定とか、一人称小説の書き方そのものだと、つい笑みがこぼれました。 でも、そういう苦労を感じさせないくらい上手なんですよね。仕事帰りに運転しながら、カーラジオで体操の、あれは鞍馬かな、その中継を聴いていたのですが、その時実況中継を聴きながら思い描いていた映像と、家に帰り着いてからテレビのニュースで見た映像とは、やはり全然違ってるんです。でも、まったく違った映像を鮮明に思い描けるくらい、細やかな実況だったと思うんですね。言葉で映像を伝えるという点では小説も同じ。これは見習わなくちゃと思いました。 サッカーの中継も面白かった。とくにゴールの瞬間とか。 実況アナウンサーが絶叫し始めると、もう主語もなにもなくなって、アナウンサーが興奮してるのはわかるのですが、最後の「ゴーーール!!」というのを除くと、何を言ってるのか、聴いているこちらはさっぱりわからない(笑) どうやらどっちかが得点したらしいぞ、と思いながら、アナウンサーの興奮がおさまるのをじっと待つわけです。で、アナウンサーが落ち着きを取り戻して説明するのを聴いて、なるほど、こっちのチームが見事なゴールを決めたんだな、と納得する、という感じでした。 その点、今回のオリンピックで正式種目となった野球やソフトボールは、動作と結果の間にちょっと時間があるので、わかりやすかったですね。カーン、「打ちました。ボールが高~く上がった、レフト下がる、下がる、これはどうだ? フェンスについた、レフト見送った、入った、ホームラーンー」ですもんね。 ・・・本当に、どうでもいいことを書いておりますが。 オリンピックを開催して良かったかどうかは、なかなか結論の出にくい問題でしょうね。 始まるまでの「何が何でも」という姿勢は、なんだか八甲田山の雪中行軍を思い起こさせました。周囲が止めてんだから少しは聞く耳持てばいいのに、とも思いましたし。この感染爆発も、オリンピックの非日常ムードが気の緩みを招いたと言われれば、そうかもしれないし。もっともこんな指摘は、人間の主体性をナメた言い方で、好きではありませんが。 ああ、何を書いてるんだろう。 誕生日を迎えて、うちの奥さんがご馳走を、マヒワが桃のフレンチ風スープを作ってお祝いしてくれました。感謝でした。 ではもう寝ます。おやすみなさい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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