カテゴリ:読書
『夜は短し歩けよ乙女』
*************** これは私のお話ではなく、彼女のお話である。 役者に満ちたこの世界において、誰もが主役を張ろうと小狡く立ち回るが、 まったく意図せざるうちに彼女はその夜の主役であった。 そのことに当の本人は気づかなかった。今もまだ気づいていまい。 これは彼女が酒精に浸った夜の旅路を威風堂々歩き抜いた記録であり、 また、ついに主役の座を手にできずに路傍の石ころに甘んじた私の苦悩の記録でもある。 読者諸賢におかれては、彼女の可愛さと私の間抜けぶりを二つながら熟読玩味し、 杏仁豆腐の味にも似た人生の妙味を、心ゆくまで味わわれるがよろしかろう。 願わくは彼女に声援を。 *************** 森見登美彦氏を御存じであろうか。 大正浪漫の薫りすら漂う、独特の美文体で、 京都を舞台とした、哀しくも、可笑しくも、切なくも、情けなくも、遣る瀬無い、 現実感のある摩訶不思議な学生生活を活写する、稀有にして無二の作家である。 くだらないことを書く、と評す者もあろう。 何がテーマか、と罵る者もあろう。 まさにしかり。 しかし、己の学生生活を振り返ってみるがよい。 くだらなく、テーマなどなく、しかし、 哀しくも、可笑しくも、切なくも、情けなくも、遣る瀬無い、 そんな生活ではなかったと言えるか。 少なくとも、私には言えぬ。 憧れの女性の面影を想い、酒を嗜むことを覚え、 得体の知れぬ、しかし面白き知人・友人達と出会い、 古本屋を覗いて回り、学園祭を堪能し、風邪を引いて倒れ、 くだらぬ知識を披露し、詭弁を弄して自己弁護し、 バカなことをして胸を張り、全力疾走で空回る、 そんな生活ではなかったとは、私には言えぬ。 それゆえ、氏の小説は、私にとって限りなくリアル、なのである。 *************** 一段落目は、『夜は短し歩けよ乙女』冒頭を直接引用、 二段落目は、同作品冒頭の続きを換骨奪胎してみました。 跳梁跋扈する学生(?)達、暗躍するサークル組織、 映画サークルみそぎ、図書館警察、閨房調査団、パンツ総番長、 猫炒飯に猫ラーメン、転がる達磨、怪しい古本屋、 偽電気ブラン、潤肺露、超高性能亀の子束子といった、 あまりにもアヤしく、しかし、なぜかどこか懐かしいギミックに、 京都の四季・風情が加わって、唯一無二の面白さを醸す森見ワールド。 その作品群のなかでも、山本周五郎賞を受賞し、本屋大賞でも2位を獲得したのが、 『夜は短し歩けよ乙女』。いやはや、さすが。 *************** サークルの後輩である「黒髪の乙女」を思う「私」は、 彼女との仲を進展させるべく、一途に二人の関係の外堀を埋め続けてました。 春、先斗町の界隈で、 夏、下鴨納涼古本まつりで、 秋、大学の学園祭で、 「偶然の」出会いを演出し、「ま、たまたま通りかかったもんだから」と繰り返す「私」に、 しかし、乙女は笑顔で繰り返すのです。「あ!先輩、奇遇ですねえ。」と。 嗚呼。なんと切ない「私」の心よ。青春よ。 本人も気付かぬままに、奇妙な出来事の主役を演じてしまう。乙女。 その隣の座を狙いつつ、狂言廻しに甘んじながらも大活躍してしまう「私」。 交錯し、すれ違う二人の仲は、近づいているのだか、いないのだか。 天狗を自称する樋口さん。パワフルな常識人、羽貫さん。道楽の達人、李白翁。 こんな個性的な面々に、各章それぞれ魅力ある登場人物が、やんややんやの大騒ぎ。 そして、冬、恐ろしい風邪が京都の街を吹き荒れる中、 物語は、クライマックスを迎えます。 はたして、「私」の思いは届くのか。 「何かの御縁」の結末は。 読み終えた時、物語の構造の理由が明らかになります。 このちょっとした「遊び」が、物語を爽やかに締めくくります。 *************** いや、本当に面白い。 友人に、森見先生を薦める時には、どうしても 「くだらない学生生活を、くだらないままに、美文体で書く、素晴らしい作家さん」 という、褒めているのだか、けなしているのだか、な紹介をしてしまうのですが、 世にあまたある恋愛小説のような、イロコイ沙汰など何のその、 「お近づきになりたい。でもどうしていいか分からない」という空回りを、 空回りのまま描くという、今までにありそうでなかった、 どうでもいい「恋愛以前」を、堂々と物語る、その素晴らしさに感服。 *************** 文庫待ちなので、なかなか読めていないのですけど、 四畳半神話大系 『四畳半神話大系』も、樋口さん&羽貫さんが大活躍して、 ループする作品構造の中に…なんて野暮な解説なぞ不要の面白さ。 今月末には、『きつねのはなし』も文庫化。 *************** そして、森見先生、ただいま、朝日新聞夕刊にて、 『聖なる怠け者の冒険』を連載中! いやぁ、いきなり「ぽんぽこ仮面」が自己紹介してましたけど。 これからの展開が楽しみ楽しみ。 先生へのインタビュー記事はこちら。 http://book.asahi.com/clip/TKY200906040184.html そして、先生の虚実入り混じったblogはこちら。 http://d.hatena.ne.jp/Tomio/ *************** 森見先生と同じ時代を共有できるのは、幸せなことなのだと思います。 感謝をこめて、なむなむ! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[読書] カテゴリの最新記事
|
|