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カテゴリ:NOVEL
02. そういうトコも好きなんだけど
誰が言ったのだか知らないけれど、確かにその通りだ。 「恋は好きになった方が負け」。 あばたもえくぼという言葉がある。 好きな人のことなら、欠点までもが良く見える。いや、欠点を含めて更に相手を愛しく思えてくる、という意味の諺である。 実は今、僕はまさにそれを実感しているところだ。 目の前で僕を心配そうに覗き込む年下の男の子に、軽く微笑みを返す。 彼は異様と言ってもいい位に他者を見抜く力がある。 それを知ったのは法廷で彼と幾度となく対峙したお蔭だ。彼はその特性を如何なく発揮し、証人を動揺させて真実への突破口を開いてきたのだった。 法廷上では役に立つ力だが、それは生きていく上では彼にとっては損になるのだろうとずっとずっと思っていた。 だってそうだろう? 目の前の人間が嘘を吐けばそれを一発で看破してしまうのだ。他者が何か秘密を抱えていることを実感しながらも、迂闊にそれを問うことも出来ない。精神的に疲労が溜まるだけの損な特性じゃあないか。 彼が損な役回りを引き受けなくてはいけないなんて、僕にとっても悲しい。 だって僕は彼が大好きだからだ。 好きな人が余計なことに気を取られて疲れ果ててしまう姿を見るのは、絶賛片思い中の僕であっても堪らなく辛い。 だからいつも彼と会う時には嘘や疚しい気持ちを持ち込まないようにと尽力していたのだ。 ……勿論、好意を寄せる相手の前で疚しい気持ちを持たないでいられる程、僕は紳士的な男では無かった。だけどそれでもそれなりに一生懸命頑張って向かい合ってきたつもりだ。今までの彼との対話で疚しい感情を探られたことも無かったし、僕も出来るだけそのような話題を避けて互いの仕事の話などを引き合いに出していたから、恐らく彼の迷惑になるようなことはしていないだろうと思った。 いつもいつも彼の前ではそうして頑張っていたけれど、そりゃあ僕だって人間だ。 嘘だって吐くし不満だって沢山ある。愚痴をこぼしたくても誰も聞いてくれなくて、それで鬱憤が溜まってしまうことだってある。 仕事は滞りなく進めてきたつもりだった。何もかもとは言わないが、それなりに順調に物事をこなせている自信はあった。 それでもやっぱり、時折どうしようもない焦燥に駆られてしまう。 僕なんかがこの仕事を続けていて良いのだろうか。 過去に一人の無実の人間を法曹界から追放したこの僕なんかが真実を追い求めるだなんて、とんだお笑い種だ。 過去の話だと言ってしまえばそれまでだが、しかし僕にとってはいつまで経っても昨日のことのように思るのだ。仕事が一段落着いてしまった休憩時間なんかにふとそれが蘇っては僕を苦しめる。 彼が声をかけてきたのは、まさにそうして落ち込んでいる瞬間だった。 「どうしたんですか?」 裁判所の奥まった所にある休憩所で、コーヒーの缶を握り締めて椅子に座っている僕の側に誰かが座った。誰かと思って横を向いたら 「おデコくん…」 愛しの君が不安げな顔を見せてくれたという寸法だ。 はっきり言って、この状況はかなりまずい。 なんせ今の僕は、はっきり言って相当に悩んでいるし、それを彼に問われるのは時間の問題だ。そうなったとして黙秘を決め込もうとしても、彼には僕が秘密を抱えていることなんて直ぐに伝わってしまうのだろう。…彼がそれを暴こうとするかしないかは置いておくとして。 「そのコーヒー、飲み終わったんですか? なんかずっと持ってるみたいですけど」 「おデコくん、いつから僕のことを見ていたんだい?」 ずっと、などと形容されてどきりと心臓が音を立てた。益々自分がまずい状況に追い込まれつつあることを知る。彼に迷惑はかけたくないし、かけられない。 「そんなでもないですよ。5分前位でしょうか」 腕時計を持たない彼は、休憩所の壁掛け時計に目を向けてそう呟く。 「そんなにずっと見られていただなんて知らずに、僕は情けない姿をさらしてたって訳か」 せめてコーヒーの缶位は処理しておけばよかった。5分以上も缶を握って飲みもせずにいる男の姿なんて、情けなさ以外に感じられるものは何もないだろう。 今更片したところで彼が見た光景は消えないだろうけれど、やっぱり好きな子の前でいつまでもみっともない姿を見せていられないと思った僕は俄かに立ち上がり、自動販売機横に設置されたゴミ箱へと近寄り、その中にぽとりと缶を落とした。元居た席へ戻って座り直せば隣の彼が僕を見上げる。 「最初にも聞きましたけど、何かあったんですか?」 「う」 う、ってなんだよ僕は! そんな風に言葉に詰まったら何かあったのが丸分かりじゃあないか。 自分に心底呆れ果てる。 こんな後で「いや、何でもないんだよ」なんて言ったら、彼は僕の心に踏み込むべきか否かで心をいためるだろう。他人のために心を砕くことを一切厭わないのがおデコくんの良いところだ。 だったらいっそのこと、素直に白状した方が彼の精神衛生上にも良い。 「僕なんかがこの仕事を続けていていいのかなって思ってさ」 「……また随分塩らしいことを考えてますね」 大好きな彼にそんなことを言われてはぐうの音も出ない。 「俺もしょっちゅう悩みますよ。この仕事に自分は相応しくないって。でもこの仕事が相応しい自分になりたいとも思うので、いつも最終的には“もうちょっと頑張ろう”って結論に落ち着くんです」 「もうちょっと、頑張ろう?」 「そう。もうちょっと。……今はまだ自分に自信は持てないけれど、いつかこの向日葵のバッジに恥じない弁護士になれるようにって」 うわーこれ大学で今書いてるけど帰宅時間になったから強制終了!!後で推敲しなおすぜーー!! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.10.05 15:54:53
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