カテゴリ:友人・知人
きんちゃんがうちに来た。
クマイチは今、彼を送りに行ったので私は家に一人。 きんちゃんはクマイチがロンドンに初めてやってきた頃からの友達。 同じくらいの年齢で、同じくらいの年数ここで過ごしている彼は画家。 それも、なかなか陽の目を見ない、お金のない画家。 彼はイギリスに来てから一度も日本に帰ったことがない。 30年近く、の話だ。 (かつてクマイチが8年間、日本に帰ったことがないと言った時ですらメチャクチャ驚いた) 理由はいろいろあるだろうけど、やっぱり彼はお金に苦労してきたということがいちばん大きいのだろうと思う。 才能があっても売れない、というのはどこの世界にもあるということは頭の中ではわかっているが、そういう人が身近にいるというのを見るのは非常につらいことだ。 以前から、きんちゃんがもしも一度、日本に帰りたいと思うのなら、その分をカンパしてあげたっていいんじゃないかと思うことは何度もあった。 しかし、それをきんちゃんが果たして望むか、受けてくれるか、失礼に当たらないか、そういうことを考えると一度もそれを言い出せずに、とうとう私たちが帰国することになってしまった。 彼の身の回りで付き合いのある日本人といえば、ほとんどクマイチと私だけだろう。 私はクマイチからきんちゃんのことを何度も聞いていたが、初めて会ったのは、当初は少しの期間だけ別居結婚だった後でやっと借りたフラットに引っ越す時。 クマイチに頼まれた彼が手伝いに来てくれた。 その時から私はきんちゃんのことを「夫であるクマイチの友達」ではなく「私の」大事な友達だと一発で思えた。 この10年間でものすごく頻繁にきんちゃんに会ってきたわけではなく、どちらかというと全部の機会を数えられるくらいの数だったのだが、きんちゃんは人間として優しくて思いやりのある人で、いつ会ってもイヤな思いをすることが一度もなかった。 今日、家に帰ってくるとキッチンでクマイチときんちゃんが2人で夕飯の支度をしてくれていた。 ふと部屋の中を見ると、茶色い紙に包んだ薄い箱のようなものが目に留まり、何かなと思っていたらクマイチが「それ、きんちゃんがちゃとに、って」と言う。 紙をはがして中を見ると、額に収められたきんちゃんの絵だった。 紺色のスリップドレスを着た裸足の女性がしゃがんで地球を捧げ持っている様子が真横から描かれている。 絵を見た瞬間、あっ、まずいと思って慌ててその絵を急いで紙に包んでベッドルームに移動させてからキッチンに行って「ありがとう、大事にします~」ときんちゃんに声をかけた。 焼肉と白身魚のソテーとサラダとわかめスープとかやくご飯の夕食を3人で食べ、その後もひとしきり音楽や絵の話をしていたが、やがて時間切れ。 きんちゃんに使ってもらいたい音楽の機材や、このままだと処分していくしかない日本の食料品(私たちは日本で毎回何か食料品を買ってくるが、大事にし過ぎて使わないまま賞味期限を切れさせてしまったりすることがよくある)の中できんちゃんが食べると言ったものをパッキングした。 本当は私も一緒に車に乗ってきんちゃんを送って行きたかったのだが、私はまだ明日も仕事だし、遅くなって気温が下がり、雨も降っていたので同行は断念。 私たちは交互に写真を取り合った後、荷物を一緒に階下まで降ろし、それをクマイチときんちゃんが積み込んでから彼ら2人だけできんちゃんの家まで行くことになった。 きんちゃんと私はしばし抱き合い「元気でね」「また来るから」と言ってそこで別れた。 部屋にはいってから、もう一度きんちゃんがくれた絵をベッドルームからまた持ってきて紙包みを解いてよく見た。 何を考えればいいのか、どう感じればいいのか、いろんなことがよくわからないまま、その絵を見ながらまたひとしきり泣いた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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