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贅沢な昼寝

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Oct 20, 2008
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カテゴリ:旅の記憶
ハワイ島キラウエア溶岩流(1)からの続き




真っ赤に燃える溶岩の帯が幾重にも束になり、海に近づくにつれその姿は巨大な奔流となって海に流れ込んでいる。灼熱の液体に海水が覆い被さって激しい水蒸気を吹き上げている。時折爆発音が轟く。夜空が溶岩の強い光で照らされ、群青色になっている。その一帯だけ星が見えない。

火と水という対照的な性質のぶつかり合いはまさに壮観だ。長い道のりを歩き続けた甲斐があったと思った。暗闇の中で皆の顔が光に照らされ赤い。ポカンと開けた口。投げ出した手足。思わず出る叫び声。

溶岩と海水の温度差は千度くらいあるだろう。百メートルは離れているのに、顔が熱い。大地が誕生する瞬間の凄まじいエネルギー。溶けた溶岩と波のぶつかりあう音以外、何も聞こえてこない。
海水で冷やされた溶岩は表面から固まりはじめ、また島の輪郭を変えていく。ここは地表で最も新しい大地なのだ。黒い溶岩で覆われた大地はそれを感じさせないくらい荒涼としたものだ。いや、新しいからこそ荒涼としているのだ。

昼間歩いたキラウエアの火口にオヒアの木が30センチほどに成長して点在していた。溶岩の砂漠に咲くオヒアの赤い花は誇らしげに見えた。その根は溶岩の隙間を伸び進み、地下に出来上がった溶岩トンネルの天井から無数の糸を垂れ下げていた。

今は何もない荒れた大地もやがて緑の木々に覆われる。この島で植物の生命力の強さを見せつけられて来た。地球はこうして新しい大地を形成し続け、植物は大地に根を張ろうと待ち構えている。人がそれを阻む事は許されないほどの圧倒的な力で。
皆、黙って見入っている。

全身に溶岩の熱を感じながら、頭の片隅で己の今後を案じていた。どこに根を張っていったらいいのか。しかしこの光景の中にいると、それは取るに足らない事に思えて来た。

帰路、とうとう左膝が動かせなくなってきた。勢いをつけて前に出してやらないと進む事ができない。腰にも痛みが出ている。薄い背筋が麻痺してきて、思わず腰に手をやる。1リットルの水しか入っていないデイパックが途轍もなく重い。もう歩きたくない。ここに止まっていても埒があかないのは、わかりきっているのに、気力が湧いてこない。すでに12時を回っている。本当に帰り着けるのか心配にもなる。疲労が限界を超え、些細な事に腹を立てはじめていた。

先頭を行くカイルが歌いはじめた。ブルースだ。歌詞を替え、私の名前を織り交ぜている。
「ボクはいい女に出会ったよ。その娘の名前はカオル。彼女はステキなのさ・・・・」
英語の歌詞は最後までは理解できないが、沈鬱したムードを変えようとしてくれている彼の気持ちは十分に伝わってくる。カイルの歌にロレッタが参加する。二人は何度も何度も繰り返し歌い続けた。頑になっていた私の気持ちが徐々に和らいでくる。気がつくとジェームズが私の横を、裸足にサンダル履きでニコニコしている。

満月が高く上っている。雲ひとつない空に星が流れた。まわりを見渡すと溶岩の大地が月光を浴び青く光っている。大地が発光しているかのようにキラキラと輝いて、今までの荒々しい印象を一変させている。思わず息をのむほどの美しさだ。
私は自分の懐中電灯を消してしばらく眺めていた。この光景を忘れないようにしっかり心に刻み込むまで。
やがてこの大地にもオヒアの木が根を張り、森を作り、その花の蜜を吸いに鳥たちがやってくるのだろう。そのとき、また歩けたらいい。

(おわり)





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Last updated  Nov 11, 2008 09:41:54 PM
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