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カテゴリ:本
本当は、村上春樹の評論ではなくて、小説を読みたかったのだが、図書館でアメリカ人の書いた評論があったので借りて読んだ。村上春樹は気になる作家で、『羊をめぐる冒険』や『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』などから入ったのだが、不思議な世界がとても気に入っている(『世界の終り...』は一番好きかも知れない)。現実の世界からは一歩引いていて、覚めているが決して無関係・無関心ではない視点も好きだった。新作が出るととりあえずチェックはするのだが、すべて読んでいたわけでもない。『ノルウェーの森』以降、あまりにも人気作家になってしまったのでしばらく遠ざかっていたが(それだけでなく、個人的な心理状況もあったのだが...)、『ねじまき鳥...』は一巻ごと楽しみにしていたし(といいつつ、今は手元にない)、結構、読むだけは読んでいると思う。音楽がふんだんに小説において描かれているのも印象がよかった。 でも、この評論を読んで、改めて彼の作品をもっと読んでみよう、と感じさせられた。特に小説ではなく『アンダーグラウンド』『約束された場所で』という地下鉄サリン事件に関するノンフィクションを、である。前者は、地下鉄サリン事件の被害者へのインタビュー、後者はオウム真理教信者へのインタビューである。 村上春樹は、だれでも自分の物語を持っているという。そして、自分はその物語を発見し書いているのだ、と。地下鉄サリン事件を引き起こしたカルト宗教信者を、他人に自分の物語を売り渡してしまった人間として映し出しているらしい。しかも、それを突き放して描くのではなく、誰にでも起こりうるものとして考えているのである。彼にとって、地下鉄や井戸は自分の心の奥深くにおりていく特別な意味を持っている(『世界の終り...』でも地下鉄がちょい役で、『ねじまき鳥...』では井戸がキーになってたかな)が、『アンダーグラウンド(地下鉄)』は象徴的である。また、『ねじまき鳥...』を生み出す際に、過去の日本の戦争(特に、ノモハン事件など)について調べているのだが、なぜあのように無謀な出来事が起きたのか、ということを次のように考えている。日本人が自分固有の物語を作ることを放棄し、他人(国家)の物語によりかかってしまった結果であると。そして、その意味で、オウムと戦前の日本を重ねているのである(すくなくとも『ハルキ・ムラカミ...』はそう考えている)。 そして、人間は自分固有の物語を紡ぐことが人間となることであり、それを放棄してはならない、誰かに譲り渡してはならないのだ、と語っているらしい。 そんな主張は、何か、フロムの『自由からの逃走』にも似てるかな...。 そうしたところで、かなり関心を持って読んでみたい、と思わせられているところである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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