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テーマ:本のある暮らし(3317)
カテゴリ:本
オリーブ会で2年に渡ってル=グウィンのゲド戦記シリーズの第1巻『影との戦い』を読んできた(1冊の本を数回に分けて読むというような形の読書会は、結果的にはよくなかったなぁと、反省もしているのだが...)。ここには真の言葉によって構築されるアースシーという架空の世界が描かれ、ゲドが魔法使いとして一人前になっていく過程が描かれると共に、言葉の重さ、自己受容等についての問いがある。第2巻、第3巻ではゲドの活躍と共に人間の回復、死の問題が扱われる。 ところが、第4巻でゲドは力を失い、これまでの華々しい活躍を失う。そして第5巻『アースシーの風』にいたると、これまで構築されていた魔法の世界そのものが、他者(竜、異教徒、女性)を排除するものであったことが明らかにされていく。伝説や伝統が誰のためのものなのか、という問いを受けるのだが、これはフェミニストなどによる歴史の捉え直しと結びついている。すなわち、公にされ通念化されたHistoryの対極にあり伏流のように埋もれてしまったHerstoryに光を当てようとする考え方である。 近代の聖書学においても、このような視点からの批判的検討がある。それは、時には聖書を批判的に読みながらも、全否定しようとするものではない。イエス・キリストの出来事を、社会的に立場の弱い者たちが担ってきたのだ、という視点に立ちながら、権力に取り込まれ、権力者側の視点で構築されてきた聖書や神学や聖書学を見直そうというものである。例えば、山上の垂訓の「悪人に向かって手向かってはならない」(マタイ福音書5:39)という言葉は、欽定訳(KJV)では、「悪人に対して抵抗してはならない」(Resistnot evil.)と訳され、権力が悪であってもあらゆる抵抗を禁ずる根拠に用いられてきた。しかし、「手向かってはならない」とされた元来の意味は「暴力をもって手向かうな」の意であり、「悪人に向かって暴力的に反撃するな」(Don't react violently against the who is evil)と訳すのがふさわしい (参考 『イエスと非暴力~第三の道』ウォルター・ウィンク著、志村真訳、新教出版、"The Five Gospels: The Search for the Authentic Words of Jesus/Jesus Seminar Robert W. Funk Roy W. Hoover
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最終更新日
Apr 8, 2010 11:11:39 PM
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