細い細い冬枯れの小枝が
空の血管のように広がる季節
恋人たちのイベントが
また 巡ってくる
ショコラの香りとハートの包み紙
白い吐息がふわりと包む
聖職者の名前がついた日
昔
そう ずっとずっと昔
女の子の間でおまじないが流行った
人が寝静まった夜中
自分の肌であたためたりんごを一つ
好きな人のことを思い浮かべ
鏡の前でじっと見つめて呪文を唱える
こうなりたいと思う花言葉の
花の名前を三つ
そしてそのあとに「apple got」
三度唱えたら
誰にも名前を呼ばれたり
姿を見られたりしないうちに
そのりんごを一つ食べて
口元をそっと拭ったのち
鏡に最高の笑顔を見せる
成功すれば
花言葉の呪文通りに恋がかなって
最高の笑顔が印象付けられる
失敗すれば
顔を果汁だらけにしてりんごを齧る
その顔の印象が届いてしまう
そんなおまじない
だから女の子は
成功するまで連日
母親に小ぶりのりんごをせがんで
怪訝な顔で買ってきてもらう
街のスーパーの店先
小ぶりなりんごから姿を消す
不思議な光景
仲がよかった友達は
立派なりんごを買ってきてもらったらしく
夜中に二度失敗して
泣きながら三個目を食べたらしい
三個目の成功がきいたのかどうか
彼女は大好きな先輩と
毎日一緒に登下校できるようになって
結果オーライ
恋する女の子は
何かのイベントのたび
失敗だらけの魔法使いになる
ショコラに媚薬
プレゼントに呪文
恋するたびに
魔法がうまく使えると
決まってるわけではないけれど
少しづつ
上達はするもんだろうと
とりあえずは物の道理で
そして
さんざっぱら魔法を使ってきた
熟練の魔法使いは
少し離れたところから
横目でちらり
新人の魔法使いたちに
「がんばって」
そっとウインクして
見て見ぬ振りでエールを送る
寒い冬の短い一日
小さな恋人たちの
想いがかないますように
ネット詩誌 MY DEAR
新作紹介掲載作品
主催者・島様に感謝