年に何度か
音楽を聴きに出かける
流行に聡いわけではなく
聴きにいくのは
いつも同じ若いアーティスト
昔から
ライブは立ち見と決めていて
どんな服装であっても
足元は洒落っ気のないスニーカー
2時間立ったままでも
体を揺らして
リズムも取りやすい
開演ギリギリ
席が人で埋まった頃を
虎視眈々と見計らって
出入り口の真横
そこが定位置
間もなく照明が落ちて
音があふれ出し
客席のすべてを
震わせ響かせる
鍵の音 弦の音
湧き出す音符が
ホールの中を隙間なく埋め
空間は
音で満たされた水槽になる
目を閉じ じっと聴き入る者
目を開き ステージを見据え
一挙手一投足見逃がすまいとする者
呼吸をするように 歌詞をつぶやき
一緒に歌う者
楽しみ方は違えど
皆それぞれ
同じ音符の水に棲まう
水槽の魚
もちろん私も
その中の一匹
アップテンポ
バラード
いろんな音の波
アンコールの拍手も湧いて
あっという間に時間が過ぎ
魚たちは元の人の姿に戻り
帰路に着く
髪や耳の穴から
音符を少し滴らせ
水槽での水の余韻を楽しみながら
幸せな気分で
私も同じ
髪に音符をたくさん絡ませて
空車のタクシーに手を上げて
あわただしく帰路に着く
中学生になったら
連れて行くと約束した娘に
今日もいい演奏だったよ
絶対一緒にいこうね
そう話して
おやすみを言うために
そして寝息が聞こえたら
髪やかばんに残った音符を
そっと集めて
また次も
魚になりに行こうと思う
音の水の水槽の中
ほんのわずかな
けれど極上の楽しみ
2010.4
ネット詩誌 MY DEAR
新作紹介掲載作品
主催者・島様に感謝