9/14 [木曜日の創作] 連作 バトルラケッター 07 (完
[木曜日の創作] バトルラケッター 07 完結編第6章 「パドロア社」 観客が"沢コール"をくりかえしていた。 下層市民の沢の名前を。 この時、このバトルラケッターを見ていた人間は全員、沢を差別視していなかった。 この瞬間、下層階級と上流階級の区別は無くなっていたのであった。「優勝...」 沢の胸に熱い物がわいてきた。 脇腹に刺さったままの刀の痛みが一瞬、消えた。「優勝...」 目に涙が沸いてくる。感動の涙であった。 だが、沢にはやらねばならない事があるのだ。「みなさん、聞いて下さい!」 沢は大声で叫んだ。 脇腹の傷に響くが、今は関係ない!「あたしには3人の子供たちがいました!」 沢は可能な限りの大声でパドロア社の"トレーラー事件"のあらましを叫んだ。 このバトルラケッターはパドロア社が開催している。 その大会の優勝者が事件の真相を叫ぶのだ。 テレビ中継もされているから、日本中に伝わる、いや、世界中に伝わるだろう。 下層市民である沢の精一杯の復讐であった。 この一瞬のために、沢は勝ち抜いてきたのだっだ。 川沿いのバラックでは、同じ下層市民である沢の優勝祝いをしていた。 しかし。 巨大なTVスクリーンにバトルラケッターの放送は映っていなかった。 バトルラケッターの放送はすでに終了していたのである! 沢の"事件の告発"はまだ終わっていない。 だが、それが放送されていないとは知るよしもなかった。「...!?」 だが、沢は気がついた。 競技場の--観客がいつのまにか、一人もいなくなっている事に。 競技場には脇腹から血を流した沢と、失神した伊賀の二人しかいなかったのである。「な、なんで!?」 沢は呆然としていた。何が起こったのか。 そして--悲しくなってきた。 目に、先刻流した涙とは異質の、悲しみの涙があふれていた。 その時、競技場の照明が落ちた。 突然の暗黒に、一条の閃光が走った。 瞬間、競技場の所々が次々に爆発しだしたのである。 轟音と閃光が連続し、黒い煙が競技場を埋めた。 数分後、競技場は瓦礫の山と化していた。 その瓦礫の中に、沢は一人たたずんでいた。「おもしろい真似をしてくれるね」 いきなり背後からの声。 沢は振り向いた。 そこには、黒いスーツを着た男と、黒革の椅子がいた。 黒革の椅子は宙に浮遊していた。「しかし、あの少女がこんなにも強くなるとはね」 声は椅子からした。 沢は見た。「あ、あなたは何者なの!?」 黒皮の椅子の中にいたのは-- 身長は1メートル程度。ただし、足先から胴体の首下まではその半分しかない。 極度に肥大した無髪の頭。それが身長の半分をしめているのだった。「私の事かね。このパドロア社の社長だよ」 沢は呆然としていた。 いったい、何が起こっているのか? 自分はバトルラケッターに優勝し、パドロア社の非道を告発していたはずだ。「しかし、君を選んでよかったよ。こんなに強く成長してくれたのだから」 沢はその言葉を聞き、現実にを認識した。 バトルラケッターの競技場は突然爆発し、今、パドロア社の社長が目前にいる。「なんですって...?」 沢の頭にある考えが浮かんだ。「君の両親を殺して、孤児にしてよかったと言ったのだよ」 沢の頭の中で何かが弾けた。「な、なんですってえっ!」 沢はラケットを握り締め、社長に向け歩き出した。 脇腹に日本刀を刺したままだが、怒りの歩みであった。 しかし、その歩みは黒スーツに阻まれた。「そこをどきなさい!」 沢は黒スーツに肩をつかまれた。 なんと、それだけで身動きがとれなくなったのだ。 強烈な力であった。「君の成長は実に優秀だった。 最後にテストをさせてもらう為に、バラックにトレーラーを突入させた。 そうすれば、バトルラケッターに出場してくれる事も想定済みだ。 だから、謝罪なんてする必要はなかったんだよ。 すべて、君をここに誘い込むプログラムだったわけだ。 テストは合格だった。喜びたまえ。」 沢はその事実を聞き、驚愕した。「じゃ、あの子たちはあたしの為に死んだって言うの!?」 社長はこの問いを無視し、黒スーツに命令した。「連行しろ」 その時だった。 黒スーツが突然弾き飛ばされたのだ。「ほう。まだいたのかね。ラーソーサ・ドイルド卿」 沢は脇腹の苦痛をこらえ、見た。 そこにはあの魔道士が立っていたのだ。「すべて聞かせていただいた。沢嬢ちゃん、加勢しますぞ」 その後ろに相原もいる。「俺もだ!!」 今度は黒スーツが飛ばされた方向。 そこには黒スーツを押さえ込む、ゲルフの姿があった。「オレ、お前ゆるせない」 声は椅子の背後から。 弓矢をかまえたバドラスだ。「みんな...」 沢はそれ以上、声を出せなかった。嬉しさのあまりに。 だが--「無駄だよ。誰も邪魔はできん」 社長の断言。同時に、悲鳴があがった。 ゲルフだった。 ゲルフに押さえ込まれていたはずの黒スーツが、ゲルフの太い腕をブ引きちぎっていた。筋肉繊維がブチブチと千切れていた。 さらに--苦痛の表情をうかべたまま、ゲルフは首をへし折られていた。 怒号を放ちつつ、バドラスは弓を放った。 が、瞬間、バドラスの首は胴を離れ、床に落ちていた。 それは沢の両親の最後と同じ最期であった。 さらに、バドラスが放った矢が、何者かに操られるかのように、魔道士に向け走る。が、魔道士の力によって、矢は寸前で砕けた。「ゲルフ! バドラス!」 沢の悲痛な叫び。「気をつけなされ! こやつ、超能力者じゃ!」 ラーソーサの言葉は競技場に響き、社長は不気味に微笑んだ。「さすがは魔道士。だが、そろそろ寿命がつきるようですな」 沢は魔道士を見た。 なんと、魔道士が脂汗を流して苦しんでいるではないか!「おじいさん!」 魔道士は走り寄った相原に手を触れると、同時に相原の姿が競技場から消えた。 相原を逃がしたのだった。 そして--「沢嬢ちゃん、あきらめるな!」 魔道士の最期の声だった。 同時にその姿は粉微塵に爆発した。「おじいさん!!」 なんという事か、超能力者vs魔道士の対決は魔道士の負けに終わったのである。「小娘を最後に逃がすとはやりますな」 異形の社長は笑った。 沢を助けに現れた援軍は瞬く間に全滅してしまった。 残るは脇腹を負傷した沢のみである。 沢はゆっくりと立ち上がった。 黒スーツが、ゲルフの遺体をどかし、沢に接近してくる。「あんた達、ゆるせないわ...!」 沢の体に変化が起きつつあった。 脇腹の日本刀がずるりと抜け、左手に握られた。 右手にはラケットが握られている。 全身にみなぎる殺気! 怒りが体にみなぎっていた。 そして怒りが力となっていた。「みんなの仇はうつ!」 接近する黒スーツに日本刀の一閃。 なんと、黒スーツの上半身がズルリと斜めに落ちた。 だが、黒スーツは死ななかった。 切断面に複雑な機械が見る。「ロボット!」 ラケットをロボットにぶつける! ラケットの原子炉が生み出すエネルギーはロボットに伝わり、大爆発を起こした。 沢のすぐ横での爆発であった。 だが、爆煙から、ゆらりと現れたのは沢であった。「やはり、すごい。その殺気といい、今の爆発に耐えた体といい」「うるさい! みんなの仇、今とってやる!」「できませんね」 社長の目が輝いた! と、同時に沢の体はその場に不可視の力で固定された。「君は重要なサンプルなのですよ。おとなしくしなさい」 体はおろか、声一つだせない。 くやしい、みんなの仇も討てずに、このまま終わるのか。 いや。その時、沢の脳裏に魔道士の最後の言葉が浮かんだのである。「あきらめるな!」 今のは肉声だ! 同時に社長の右目に手裏剣が刺さっていた。 苦鳴を上げる社長が見た物は沢の横に立つ伊賀甲賀郎だった。「伊賀さん!?」 伊賀は社長を指差した。「はい!」 沢は異形の社長が座る椅子に向け、日本刀を投げた。 しかし--「おのれ! 甘いわ!」 日本刀は社長の面前で塵と化した。 が、「いやあ!!」 瞬間、凄まじい気合いと共に沢が社長に突入していた。 その手にはラケットが握られていた。「ぐぎゃあああ!」 異形の社長も原子炉のエネルギーを受けて悲鳴を上げた。 そして--社長は白い煙を上げながら床へ落ちたのである。エピローグ 床に横たわる社長を、沢と伊賀は見下ろしていた。「なぜ、止めをささぬ」 伊賀が聞いた。 当然の疑問だった。 数々の失われた命があった。 だが、沢は--「だめよ。殺せないわ」 一息、呼吸し、「殺したって、お父さんやお母さん、学や秋子、真司は喜ばないわ。 みんなだってそう思ってると思う。 それに、ここで殺したらこいつと同じになっちゃうもんね」 沢は微笑んでいた。 疲れが見える微笑であったが、その微笑みは伊賀の心を動かしていた。 そして、もう一つの心をも。「おい」 社長の声だ。 そして、二人は見た。社長の目が光るのを。 瓦礫と化した競技場には社長の姿しかなかった。 社長は巨大な頭を数回振ると、ゆっくり立ち上がった。「殺せないわ、か」 社長は笑った。 その瞬間--。 沢は公園に倒れていた。 遠くの夜景に、あのパドロア社ビルが小さく見える。「う...うん--はっ!?」 沢は飛び起きた。「な、なんで、あたしはここに!?」 その時、轟音が聞こえたのだ。 見ると、パドロア社ビルが小爆発を起こしながら崩れていくではないか。 沢は総てを悟った。 社長が、あの社長があたしを瞬間移動のような能力でここに運んでくれたんだ。 あの爆発から沢を逃がすために。 沢の頬を涙が流れ落ちた。 そして、一つの事件が終わった。 多大な犠牲をはらって。 同時期、日本のどこかで、一人の科学者が言った言葉がある。「計画12号、終了か。よし、計画13号を発動する」 今回の事件に関係ある言葉なのかは、その科学者にしかわからない。 バトルラケッター 了