焼き物紀行9 大川内山
大川内山は昔、外様である鍋島藩が伊万里焼を将軍に献上するために有田周辺にいた陶工たちを三方を山に囲まれた地に集め、藩窯として、献上品を焼かせた場所である。集落の出入り口には往来をチェックするための関所も有り、その技術を外に漏らさないために、失敗作はすべて割ってしまったそうだ。朝、ホテルの車でその関所近くの伊万里鍋島会館で降ろしてもらい、ホテルで教えられた通りボストンバックを預かってもらい身軽になった。トイレを済ませる。手洗いも、男女の表示もすべて焼き物。先ずはその歴史を知ることからと、関所から、焼き物の材料の粉を引いた水車、陶工たちの合葬墓を経て、藩窯公園、登り窯、街を見渡せる展望台へ。護岸や、案内板、目印、そこかしこに高価な伊万里焼が惜しげもなくはめ込まれていた。前日たくさんのやきものを買ったけれど、自宅用はわずかに箸置きのみ。そこでホテルを出るとき二人で話し合った。「今日は自分の好きなものを自分で選んでそれぞれ買いましょうね」公園を廻り集落の一番坂の上から、25軒ほどの窯場の載っている地図を持って、陶芸館伊万里を皮切りに坂を下りながら全部覗いていく。ラジオ韓国語講座を聞きながら、白い馬の置物の下準備をしている大五窯の奥さんに説明をしてもらったり、青磁ばかり作っている長春窯の焼き物が並んだ庭や畳の居間を見せてもらったり、窯やショウルームを出たり入ったり。自分のお気に入りを探す。自分のものとなるとそうやすやすとは決められない、自分にとって一番気に入ったものを選ぶのは難しい。2人とも簡単に選んでしまってはもったいないと思うし、相手が何を選ぶか互いに気になる。鍋島藩窯継承家と書いてある光山窯で部屋に上がりこむと奥さんがストーブを付けて、ここでしか売っていないことと、わざわざ東京から注文が有ることなど説明をしてくれた。すべて手書きなので並んでいる作品は高価なものばかりで数が少ない。いかにも鍋島の伝統柄のコーヒーカップが目に付いた。20,000円。うーん、私が以前から欲しいと思っている鍋島の柄だ。でも高い。妥協して横にある15,000円のにしようか迷っていると、奥さんが17,000円にしてくれた。最初に買ってしまったのは私。それを包んでもらって帰る準備をしていると、おばあちゃんが、奥から十能に炭を持って出て来て、火鉢に入れ始めた。「おそくなりました。寒いでしょう?」若い奥さん、黙って見つめていた。一気に江戸時代に戻った感覚に襲われる。さて、買ってしまった私、後の楽しみは無くなった。夫は楽しそうに言った。「そうか、これでハードルが低くなったな。20,000円まで選べるわけだ」そうか、私がいくらのを買うか探っていたのか。そしてまた窯元を入っては出てを繰り返して夫が選ぶ。泰山窯。棚に並んだマグを手に夫は迷う。優柔不断に、こっちが良いかな、この絵の方が良いかな、この形はどうかな。20分。そしてついに自分のマグカップを5,000円で買った。自分の財布からお金を出している。「ウサギは20,000円のだから、もう3個買えるね」「え!」