「おはよう。モルビリさん。」
フロントの前の食堂に行くと、すでに朝食のプレートを空にしたモルビリさんに会った。
「おはよう。一晩ぐっすり眠ったら、大分疲れが取れたよ。」
「よかったです。」
「俺、暑いところってだめなんだ。体力仕事してるってのに情けないだろ?」
席に着くとまもなく食事が運ばれてきた。冒険者が多く滞在するこの街の朝食はボリュームたっぷりだ。暑い国ならではの各種香辛料が入った米の料理、山羊のチーズは癖のある匂いを放ち、羊肉で作ったスペアリブは食べた後もしばらく唇が火照るほど辛かった。この国の食文化に慣れない人に朝からこれはつらいかもしれない。
「ウォルはまだ起きてませんか?」
「ああ、彼なら早起きして出かけたよ。」
「え?」
「露天に珍しい品がたくさん並んでるから見に行くってさ。昨日は夜遅くまでナントカって学者と話してたのに元気だよな。」
またあの興奮した様子で出かけたのかと思うと吹き出した。そういえばここにも遺跡があったな。店を巡りながら街の人にでも話を聞いているのかもしれない。
「ダメルよりマシとはいえ、暑いのはもうこりごりだよ。涼しいうちに出よう。」
「そうですね。ここからだとリンケンが一番近いですが・・・。」
「よしてくれよ。あそこは砂漠のど真ん中じゃないか。ダメルと同じような石造りの街で燃えるもんなんかないと思うぜ。」
「そうですね。じゃあ・・・、テレポーターがいない一番近くの町はブレンティルです。」
「ブレンティルか・・・。テレポーターはいるけど、新興都市ビガプールもあんまり冒険者がいないぜ。横に小都市ビッグアイもあるし一石二鳥で調べられる。」
新興都市ビガプールか。確かにあそこは大きな街なのに訪れる冒険者は意外に少ない。
「ブレンティルに行きましょう。」
振り返るといつの間にか背後にウォルが立っていた。
「あそこは伐木の町です。周囲を森に囲まれ、町の中に材木が積まれているあそこは炎のモンスターが出て一番困る場所です。」
「それはそうかもしれないが、しかし・・・。」
モルビリさんが難色を見せた。
「ビッグアイにはたくさん傭兵が雇われていると聞きます。冒険者のいないところを狙って炎のモンスターが襲撃しているのなら、ブレンティルの方が条件に適っていると思いますが・・・。」
「・・・分かったよ。じゃあ、次はブレンティルだ。」
最初の行き先をダメルに決めたときもそうだったけど、ウォルとモルビリさんの意見は合わない。モルビリさんは何の代償もなしに好意で協力してくれているのだ。そんな彼の機嫌を損ねてまで行き先を自分の思うように決めるウォルに少し腹が立った。彼の言い分は確かに的を射てはいるけれど、別にどこから行ったっていいのに・・・。
アリアンの東門をくぐった人気のない場所でタウンポータルを開いてもらった。
白い霧のトンネルをくぐるとそこは砂漠とは一転、湿気を多く含んだひんやりとした空気に満たされた場所だった。背の高い木々の森に囲まれているせいか、昼間だというのに薄暗い。交通の便が悪く、魅力のある狩場もないこの小さな町に来るのは初めてだった。
「ここが伐木町ブレンティルかぁ。」
町のそこここに置かれた材木から出ているのだろうか、深呼吸すると肺いっぱいに涼やかな香り広がった。
「俺はここで休んでるから。終わったら来てくれよ。」
そうぶっきらぼうに言ってモルビリさんは町の西よりにある小さな酒場に入っていった。やはりここに来るのが不満だったのだろう。憮然とした表情をしている。
「ねえ、ウォル・・・。」
「何?」
「あんまりさ、モルビリさんに意見しない方がいいんじゃない?」
「意見って、ここに来ることを薦めたこと?」
「ダメルのときもそうだったけど、せっかく協力してくれてるんだから・・・。」
「俺、間違ったことは言ってないよ。」
昔からこういうところがあった。頑固でこうと決めたらてこでも動かない。
「そうだけど・・・。でもモルビリさんのおかげで楽に旅が出来てるんだから、もうちょっと譲っても・・・。」
「大丈夫だよ。心配しなくても彼はこの仕事を投げ出したりなんてしないから。」
仕事?モルビリさんは仕事じゃないのに・・・。
「とにかく町の人に話を聞いてみないか?待たせる方が悪いと思うぜ。」
「・・・分かった。」
ほんとに頑固なんだから。
誰かに話を聞こうと適当な人を探していると、何人かこちらをちらちら見ていることに気付いた。なんだろう?敵意はなさそうだけれど・・・。
たまたま目が合った木こりらしいおじさんに話しかけてみた。
「こんにちは。」
「おや、可愛らしいお嬢ちゃんがこんな町になんの用だい?妖精たちが現れて、君を連れ去ろうとするかもしれないぞ。」
「え?」
「ははは、冗談だよ。でもここはこのとおり、険しい森の中の町だ。君のほかに女や子供は一人もいないだろう?皆どうして君のような女の子がうろうろしているのか、気になっているみたいだよ。」
ここは伐木作業に携わる男たちのみが住む町らしい。道理で奇異な目で見られていると思った。
ウォルがおずおずと切り出した。
「あの・・・変なことを聞きますけど、最近この町にモンスターが襲ってきたりなんてこと、ありませんでした?」
「ああ、あるよ。」
やっぱりここには襲撃があった!でも焼け跡らしきものは見当たらないけど・・・。
「町の被害はどのくらいですか?」
「いや、町の中じゃなくて近くの森と材木伐採場さ。大きな木の化け物が住み着いて、伐木が出来なくなってきている。昔は西方にいるエルフやエントたちが領域を侵すものを警告してはいたが、今度みたいなことは初めてだ。」
「え?あの・・・木・・・なんですか?炎を吐くモンスターじゃなく?」
「ん?炎?いや、出てないよ。そんなのが来たらこの町も周りの森も真っ黒こげになっちまうじゃないか。」
そう。だからこそ炎のモンスターにとって、ここは一番攻める価値のある町なのはずなのに・・・。
別の木こりにも聞いてみたが、答えは同じだった。
「町の北東の方の材木伐採場にはモンスターが大量に住み着いていてね・・・。その中の木型のやつらは小さな苗木を集めて植えていたよ。」
「苗木?」
「私たちは住むために木を切る。モンスターは命を捨ててまで森を守ろうとする。・・・まったくもってやるせない話だよ。」
「・・・。」
私財を投げ打って町の中心に要塞を築き、モンスターの襲来を防ごうとしているカルデンという人がいるというので話を聞きに行った。
「・・・冒険者が木こりしかいない町に何の用事かね?もしかして、この町の四方を取り囲んでいるモンスターを退治に来たのかね?」
「あ、ええ、まあ・・・。」
「そうかそうか!よく来たな。私はそのモンスターから人々を守るために小さな壕を作るつもりだ。俺が若い時スバイン要塞で戦いがあって知っているのさ。壕一つでもあれば、かなりのモンスターは近寄ることも出来ないはずだ。」
そう誇らしげに言った。
木で高く組まれた柱と壁。壕とはからぼりのことを指す言葉だが、これでは防御壁か見張り塔だ。第一、壕にしろ防御壁にしろ、町の周りを囲むように作るものであって、中心部に建てても意味は無い。元傭兵だというカルデンさんには悪いが、この要塞は素人以下、子供が作った秘密基地といった印象だ。町を守ろうとする熱意は立派だが、どうも空回りしているように見える。この町で彼を否定する意見が多く聞かれた理由はそのあたりにありそうだ。
「これで大丈夫ですね。・・・きっと。」
そういって場を辞した。
嘘じゃないよ。本当に大丈夫。
彼らは町に攻めてきたりしない。
むやみに誰かの住処を奪うのは人間くらいのものだから。
⇒つづき
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