不治の病に絶望して暗黒の魔術に手を染めてしまったビーストテイマー。パパの話が本当なら数百年前の人間のはずだが、目の前の男は20歳そこそこの若さに見える。
しかし生気がまるで感じられない青白い肌、感情のない作り物のような顔、何も映していない澱んだ瞳が、彼が闇の生き物であることを雄弁に語っていた。
「私のことは知っているな?村の誰かが教えているはずだ。私という人間を超越した存在のことを。」
超越?人ならぬ者になったという意味ではそうだろう。
かすかに首を縦に振ると、フィロウィと名乗った男は満足そうにうなずいた。
「ビスル始まって以来の天才ビーストテイマーと謳われた私も、病に打ち勝つことは出来なかった。たった25歳で死に飲み込まれる。それがどういう気持ちか分かるかね?
最初に浮かぶのは疑問だ。『何故私なんだ?何故私だけこんなつらい思いをしなければいけないんだ?』
次に湧き上がるのは怒り。『何の役にも立たない人間が生きて、誰より優秀だった私が死んでいかねばならないなんて不公平だ。』
その後はただただ涙を流しひたすら祈る日々。『嫌だ。もっと生きたい。悪かったところは全て悔い改めるから救ってくれ。』と。しかしどれだけ懇願しても神は何も答えない。『神などいない、聖なる炎はただの火でしかない。』そう思った。
ロマの神が救えないのなら別の神にすがるより他あるまい?闇の神は私の願いをちゃんと聞き届けてくれたよ。」
そう言うと男は唇の端だけ上げて、ぞくりとするような笑みを見せた。
「仮死状態にする薬を飲むと意識がするりと抜け出て天井近くにふわふわと浮いていた。そこから下を見ると、かつての姿とは別人のようになって横たわる自分の体があった。血の気の失せた青白い頬と骨と皮だけになった手足。死はすぐそこまで来ていると悟った。ネクロマンサーから教わったマリオネットの呪文を唱えると再び体に吸い込まれていった。ただ戻っただけじゃない。胸の痛みも息苦しさも全て消え、頭が非常にすっきりと落ち着いていた。全ての感覚が研ぎ澄まされ、霧が晴れたように意識が冴え渡り、世界の全てを理解することができた。私がそれまで悩み苦しんでいたことなど、取るに足らないどうでもいいことだった。
クリアーになった意識で一つ決心をした。存在しない神を盲目的に信じ、私を騙して苦しめた愚かなロマなど滅ぼしてやろうと。しかし村の半分の人間を殺したところで、あの忌々しい炎が私の体を包んだ。」
フィロウィは何かを思い出すように宙を睨み付けて体を振るわせた。
「ビスルを追われたあの日から、焼かれた傷の痛みが日毎夜毎に私を責め苛み続けた。人目を避けながら各地を彷徨い、治療のために薬草、魔法薬、秘術を学んだ。効きそうなものは全て試したが効果は上がらなかった。どうやら闇に属するようになったこの体はあの炎による傷を治すことが出来ないらしい。このまま醜く、常に痛みに悩まされる体のままで悠久の時間を過ごさねばならないのかと絶望したとき、とても興味深い学問に出会うことが出来た。」
壁際に積み上げてある分厚い本の中から青い背表紙に金色の文字で装飾された古ぼけた本を一冊引き出し、こちらを向いた。
「おいで。面白いものを見せてあげよう。」
外へ出た瞬間、思わず顔をしかめた。先ほど倒したモンスターたちの死体が早くも腐敗を始め、そこらじゅうに饐えた臭いが立ち込めていたのだ。我慢できずにハンカチを口に当てた。布を数枚重ねた程度のもので吸い込む空気を浄化できるわけもないけれど、気分的には少し楽になった。
フィロウィは血溜りに目を留め、
「おや、アレを殺してしまったのかね?全部か・・・ひどいな・・・。」
ぶつぶつと一人ごちた後、こう言い放った。
「まあいい。どうせもう始末するところだったのだからな。」
廊下に出てすぐ右にある扉を開くと、予想外に広い空間の部屋に続いていた。中央に設置された長細い黒いテーブルの上には試験管やビーカーなどが雑然と置かれている。何かの研究室のようだ。
フィロウィが部屋の奥、クローゼットのように両開きの扉のついたかなり大きな木製の箱のところまで歩を進めて振り返った。扉には絡み合う蛇の彫刻が中心に向かってとぐろを巻くようにらせん状に配され、黒光りしたそれはまるで生きているようにテラテラと輝いていた。
「錬金術というものを知っているか?」
錬金術・・・。ビーストテイマーのマスタークエストでスマグの錬金術師ジンに初歩だけ教わった術のことだ。
「錬金術とはもともとは黄金を作り出す技術を追求して生まれた一種の自然科学だ。しばしば魔法と混同されるがその性質は全く異なる。あれはウィザード、もともと魔力持って生まれた者の力を効率良く引き出すための術だからね。錬金術は知を欲する全ての者たちのもの、生命やこの世界の仕組を解明する試みだ。」
扉を開くと底の直径が1メートルはあろうかという大きな三角のフラスコが上の段に二つ、下の段に1つ置かれていた。中には緑と茶色のどろりとした液がマーブル状に混ざり合い、ところどころ薄桃色がかった半透明の塊が見える。男は上の段の一つを取り出し、テーブルの上に置いた。
「数百年前、異端な考えのために医学会を追放され、その後錬金術の研究にその一生を捧げた者がいた。彼は自分の研究成果について著書を残していたが、それを見て同じ成果を上げることが出来たものはいなかった。錬金術の中でもかなり際どい分野だった彼の研究はいつしか闇に葬られた。彼の著書もスマグ図書館で禁書として封印された。」
スマグ図書館で禁書・・・?どこかで聞いたことがある話だ・・・。
「私は図書館の職員を買収してその本を手に入れ、彼の研究を引き継いだ。しかしなかなか上手くはいかなかった。どうやら本に書いてある以外にいくつか特殊な条件が揃わないといけないものらしい。温度、材料、培養日数。試行錯誤を繰り返し、ようやく形になるまでに130年もかかったよ。」
フラスコの上部を覆う布を取り、薄茶色の栓を抜くと部屋中に吐き気を催すような匂いが広がった。フィロウィはおもむろにフラスコの中に手を突っ込み、中の塊を引きずり出した。固めのゲル状の物体にはところどころ赤い筋が縦横に走っていた。
「これは20日目のものだ。触ってみなさい。」
嫌だ・・・こんな気持ちの悪いものに触りたくない・・・。しかし何故かこの男の言葉には逆らうことが出来ない。意志に反してのろのろと手が伸びようとしたとき、突如としてぶよぶよとした塊がのたうつように蠢いた。
「ひっ・・・!!!!」
叫びすら声にならない。
『何?なんなの、コレ・・・。何かの生き物なの?』
『気持ち悪い・・・吐きそう・・・。』
しかし手の動きは止まらず、指先が塊に触れた。しっとりと濡れたそれは生温かく、何かの臓器のような感触だった。時折ビクビクッと痙攣したように動いている。
男はそれを大事そうにまたフラスコの中に戻した。
「そしてこれは40日目。」
男は更に隣のフラスコから小さな透明の物体をつかみ出した。
「・・・ぁ・・・っ!」
なんとそれは人間の形をしていた。
「ここから先は40週間毎日生き血を入れて育てる。」
ウェアゴートに命じ、先ほどウォルから採取した血を採取したビーカーを持ってこさせた。そして200mLほどの血液と共にその人間のようなものをフラスコに戻した。
「この段階まではいいのだが、ここから先がひどく難しくてね。同じ条件で育てているつもりでも個体差が激しいんだ。とてつもなく大きくなるものもいれば、小さいままのものもいる。また40週のうちに奇形化するものがほとんどだ。そのうえほとんどがフラスコから出すと長くは生きられない。お前が廊下で殺したのは数少ない生存体だ。醜悪で成功とはとてもいえないが、それでも上手くいった部類だ。」
あのモンスターをこの男が?生物を実験室で作り出すなんて、そんなことが出来るの?
「この200年で成功はただ一体だけ。15年前に作ったソレは完全に人間と変わらない。」
フィロウィは汚れた手を傍にあった黒い布で丁寧に拭き、おもむろに振り返ってこう言った。
「お前はここで生まれた。私が作った中で最高のホムンクルスだ。」
⇒つづき
これまでのお話↓
いよいよプッチニアの出生の秘密が明らかに・・・。
<ひさびさにちょっとだけ・・・>
えっち!
えっち!
というわけで久々のエロネタでした (* ´艸`) ムププ