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カテゴリ:小説
「ほむん・・・くるす?」 この人はいったい何を言っているの? 「禁断の秘法により、人間が無生物から作り出した擬似生命体。それがホムンクルスだ。」 持っていた青い本をこちらに向けた。かなり古い本らしく、金の装飾で何か書いてあるが擦れて読むことは出来なかった。 「これは偉大なる錬金術師パラケルススの著書だ。ここに『人間の細胞に数種類のハーブを入れて密閉し、発酵に適した温度に40日間保つ。人間の生き血を入れ、さらに約40週間、毎日この生命体に生き血を与えながら馬の胎内と同じ温度で培養すると人造人間ホムンクルスが出来る。』とある。お前は私の細胞を用いて作ったホムンクルスなのだ。」 人間を作り出すなんて・・・そんなことが許されるの?人間だけじゃない、それがどんな生き物だったとしても、命というものをこれほど冒涜した研究があるだろうか?どんな小さな虫も草花も、地上にある全ての生命は神様だけが創り出せるはずなのに・・・。 「そ・・・な・・・うそ・・・。」 「嘘などではない。それを証拠に私の言葉に逆らえないだろう?私はお前の父であり創造主でもある、つまりは神のような存在。無意識にお前はそれを感じ取っているのだ。」 そう、ずっと感じてた。恐れとも怯えともつかない感情。 この男の前でずっと私はまるで飼い主に叱られてしっぽを垂れた犬のように萎縮し、俯いていた。 それがホムンクルスの・・・創られたという証拠なら・・・私は・・・。 「15年前、ホムンクルスたちの世話をさせていたロマの女がお前を連れて逃げてしまった。方々手を尽くしたが見つけられなくて諦めかけていたのだが、もし無事に成長していたならきっとビーストテイマーになる。私の血を継いでいるのだからな。 約束どおり本を開けないまま渡した時にロビンさんが『これで上に面白い報告が書けますね。』と言っていたのはこの事だったのか・・・。 「配達のためビスルに出入りすることが多い宅配天使のモルビリを使ってお前の身辺調査をさせた。するとお前の母親、レティのお腹が大きくなっているところを誰も見たことがないのに、ある日突然子供を抱いていたと村の何人かが話していたそうだ。年の頃もぴったり合う。そうやってお前を見つけたのだ。」 フィロウィは焼け爛れた皮膚をゆがませながらにんまりと笑いながらこちらを見た。 怖い・・・キモチワルイ・・・。 けれど・・・寒気が走るほどに愛しい・・・。 様々な感情がぐるぐると頭の中を駆け巡った。 「さあ、こちらへおいで。わが娘よ。」 フィロウィが軽く手招きをすると、まるで吸い寄せられるように足が一歩、また一歩とそちらへ動いた。意志に反してというのではない。この男の言葉を聞くと意識が真っ白になって、逆らうどころか自分で何かを考える気すら起きなくなってしまう。 「はい・・・わが主・・・。」
「待てよ、プッチニア!なんかおかしい。」 連理の声でふっと我に帰り、立ち止まった。 「なにがおかしいというのだね?エルフよ。」 声にあからさまな不快感を滲ませてフィロウィは言った。 「プッチニアをここに呼び寄せた理由を聞かせてくれ。」 「生き別れになった娘を見つけて家に連れ帰るのに理由などいるのかね?」 「そのためだけにバリアートに火を放ち、手駒の二人を用が済むとさっさと殺した。あんたは人間の情を持たない、闇の生き物だ。そんな奴が娘だからというだけでここまでするはずがない。他に理由があると思うのは当然だろう。」 「ほう・・・なかなかに弁のたつペットだな。頭も良い。」 さきほどまでの貼りついたような笑顔とは違い、心底愉快そうな顔で笑った。 「しかし、本当に賢いペットは主人の言うことをただ黙って聞くものだ。お前たちのような反抗的なペットはいらない。始末させてもらおう。」 後ろに控えていた召還獣とウェアーゴートに攻撃命令を下そうとした。 「なにを勝手なことを・・・。」 「いらないかどうか決めるのはあんたじゃない。プッチニアだ!」 二人が口々に叫んだ。 「く・・・くくく、ふ、はははは!」 堪え切れないといった様子で前後に体を揺すりながらフィロウィが笑い出した。 「決めるのは私だよ。お前たちの主人は私になるのだからな。」 「・・・?」 「どういうことだ?」 「どういうことも何も今お前が言ったとおりだ。私がプッチニアを必要としたのにはちゃんとした理由がある。 より・・・しろ? 「聖なる炎で焼かれたこの火傷はどんな秘術を使っても治すことが出来ず、日々私を苛んできた。新しい体に乗り移ろうにもネクロマンサーではない私は、どんな体にでもというわけにはいかない。魂と体には適合性というものがあり、それが合わない体には入ることが出来ないからだ。完全にシンクロする人間の割合は数十万人に一人で見つけ出すのは至難の業だ。 「な・・・!」 「新しい体を手に入れるためにホムンクルスを作ることにしたが、なかなか上手くいかなかった。2段階目が難しく、ほとんどの個体が40週もたなかったのだ。 うっとりとした顔でくるりとこちらを見つめた。瞳の奥が空洞になっていて、そこからすぅっと闇に吸い込まれてしまうような気がした。 「ホムンクルスを世話させるために攫って来た旅のロマの女がいたので、試しにその胎内に封入してみた。その結果どこを取っても人間と赤ん坊と全く変わらないモノが産まれた。それがお前だ。 ビスルのはずれで私を抱いて倒れていた女性。彼女は私の培養基だったのか・・・! 旅の途中で攫われ、監禁され、無理やり得体の知れない生き物を埋め込まれ、産まされた。それなのに自分の子供でもない私を、人間の形をしているだけの化け物を命がけで助けようとしてくれたんだ・・・。 「その後何度人間で培養してもお前のような完全成功体は手に入らなかった。恐らく母体となる女の体質なども関係するのだろう。」 意識が体とずれ、一歩後ろから自分の体を見ているような感覚に襲われた。ざぁざぁと血が降りていく音が耳のすぐ後ろから聞こえる。首が熱いのに肩から寒気が広がり、手や足の末端が痺れて感覚が無くなっていく。このまま倒れてしまえれば楽なのに、何故か微動だにしない。 「勝手なこと言いやがって、プッチニアの意思はどうなるんだ!」 「絶対そんなことはさせないっ!」 連理と比翼が姿勢を低くし、剣を構えた。 「ずいぶんと聞き分けのないペットだな。創ったものをどうしようと私の勝手だろう?・・・やれ!」 ウェアゴートが前に進み出た。鋭い鎌とエメラルドグリーンの体にはウォルの血がべっとりとついて、奇妙な斑点になっている。 ダメ・・・貴方達の敵う相手じゃない・・・! 「待って!」 動きを止めてこちらに顔を向けている連理と比翼を見つめた。 森の美しさをそのまま写し取ったような深い緑色の髪と瞳。彼らと共にどのくらい長い時を過ごしてきただろう。時には叱咤し、時には励まし、未熟なビーストテイマーだった私と共に成長してきた。どんな強い敵にもけして怯まず、どれだけ傷を負っても立ち向かい、何度も私を守ってくれた。見知らぬ街も初めてのダンジョンも、彼らがいたから楽しく旅が出来たんだ。 でもそれも今日で終わり。旅はもうここでおしまい。
「お別れだよ。二人とも。」 「・・・?」 連理も比翼も目を丸くしてこっちを見ている。 「主従契約を・・・解除します。」 ⇒つづき
これまでのお話↓
フリーページにホムンクルスについての薀蓄を纏めてみました。⇒ホムンクルス お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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