テーマ:旅的随筆(15)
カテゴリ:旅ネタ
英語に直せばI'm crazy.邦語なら「俺はイカレてるぜ」ってとこだろうか。旅の前からイカレてたのか否かは自己申告しないが、私が旅半ばにてfouな方向へと顔がすっかり向いてしまったのは間違いない。ってことはつまり、旅に出る以前は色々と身の周りにある規範モラル良識慣習なんかを頑なに守っていたのだ。 おかしな事をやっちゃいけない。 良識ある社会人でならなきゃいけない。 結婚して家と子供を持たなきゃいけない。 稼ぎのいい定職につかなきゃいけない。 夢や希望を持って前向きに生きなきゃいけない。 ってな感じで、それらをすべて全うしていたとは言わぬし、どんなにそこから外れたことをしていようと胸のうちには常に「○○○をしなきゃいけない」と強迫観念めいたものがあって、それが手枷足枷となって心身の自由を奪ってきたわけであるが、旅のさなか私はフランスはパリにて相当にイカレた連中と出逢い、そこで枷の鎖は断ち切られた。 写真の男性はジョン・フォンソワ。右はその彼女のキャリーヌであるが、例えばこの二人と話していても生活ぶりを見ていても彼らの心中胸中のいずこにも「○○○しなきゃいけない」って思考様式を探し出せなかった。彼らの発想はmustではなく常にwantなのだ。他人や多数派のやり方に左右されず、気持ちと心と身体に忠実にして自分のスタイルown style、自分のやり方own wayで社会に対してのアプローチを為していた。 当時、これが私にとって非常に斬新だった。全体主義のリズムが社会を通底している我が国では未だに誤解している若い人が多いし、当時わたし自身もイマイチ解ってなかったのであるが個人主義とは、つまりそういうことである。決して社会性を無視して自分勝手に好きなことを言ったりやったりしてOKという主義主張ではなくして、自分なり自分ゆえのアプローチを以って社会に対して働きかけ関わっていくとの意であり姿勢であり、私はジョン・フォンソワを始めとするイカレた連中に多大なる影響を受け、彼がいつも口癖のように言う「Je suis fou.」が旅の合言葉になってしまったし、この旅を経て始めて自分なりのやり方やスタイルを自覚も出来たのである。 斯くもイカレた連中との出逢いによる楽しい旅を経た現在。狂った連中が我が国にも大勢いることに私は愕然としている。だが連中は自分のスタイルなどではなくして単に狂人である。抑圧され、規制され、鎖につながれて心を病んだ者たちであり、その数があまりに多いので私は彼らのことを「普通の人」と呼んだりしているが、その普通の狂人のなかにも格づけの上下があるようで、より重く激しく狂った奴ほど社会的に上位者だったりして、まったくもって暮らしづらい国であるなと昨今切に感ずる次第である。 自分が狂っていることを自覚している人とは楽しく遊べるが、自覚してない狂人は怖くて恐くてまともに話もできない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.05.08 10:52:16
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