海に咲く花(四) 16
待ち伏せされていたような、嫌な気持ちになった。有無を言わさないものも感じた。反発したかった。ぼくは、話したくないと言って、この場から駆け出してしまおうかと思った。でも、見えない網に引っかかってしまったように、足が動かない。このまま逃げたら、母さんが悲しみ、おじいちゃんが、がっかりするだろうなと一瞬だけ、思った。ぼくは、思わず、「ぼくは、ぼくはッ・・・。お早う、ございます」 何て、訳の分からないことを言ってしまったんだろう。耕ちゃんだって、こんなことは言わない。しまった、と思った。『誰か』は、からからっと笑い飛ばして、「おや、おや。塁くん。どうしたんだい?それは、話してもいいってことかな?」 と、言った。ぼくは、自分が情けなくなって、仕方なく笑った。あっ、何で、こんなことで笑ったりしてしまったんだろう。笑ったことで、『誰か』は、ぼくの基地に入り込んできた。悔しかった。「塁くん。ぼくはね。きみのお母さんと一緒になりたいと思っているんだ」「そんなの、知ってます!今更言われなくたって!」 ぼくは、それ以上聞きたくなかったから、遮るように言った。「そうだよね、知ってるよね?それで、塁くんは賛成してくれるかなぁ?」 ぼくは、黙っていた。ぼくが賛成していないことぐらい、『誰か』は分かっているはずだ。きっと、母さんから聞いて。「あんまり?あんまり賛成していないかな?賛成できない、何かがあったら、それを教えてほしいんだけどな。ぼくは、努力したいと思ってるんだ、ねえ、塁くん」 ぼくは、頑なに黙っていた。「今すぐ、じゃなくたって、いいんだよ。教えてって言っても、うまく言えないことだってあるものね。塁くんの話もよく聞いて、話し合って、納得してもらえたらなあって、思ってるんだ、ぼくは。ぼくは、きみのお母さんを、諦められないんだ!」 『この人』は、ぼくの目を真っ直ぐにに見てそう言い切った。ぼくを、子どもとしてではなく、一人の人間として尊んで、そう言ったと感じられた。ぼくは、それに、どきっとも、したのだ。「諦められない」と言った言葉に、打ちのめされもした。心の奥から発せられたその言葉は、雷のように、ぼくの心に響き渡っていた。目の奥に強い光があった。苦しげな目でもあった。でもその中にどんな困難があっても、温かい未来を作っていこうとする強い意思の力も感じられた。心から母さんを愛してるんだ。そう思った時ぼくは、脱力感でいっぱいになり、そこに座り込んでしまった。「塁くん、どうしたっ?大丈夫かい?この話は、今度にしよう」 『この人』は、そう言った。「母さんのッ、母さんのどこが好きなんですか?」 ぼくは、一番訊きたかったことを撥ね返すように、言っていた。「そうだね。いっぱいあるんだよ。心が強くて広いところ。やさしくて温かいところ。複雑なくせに、単純だったりするところ。きみのお父さんを心から愛してた(過去形!)ところ!」 ぼくは一瞬、心臓が止まりそうになった。何故、父さんを心から愛してた母さんが好きなんだろう。でも、それはどうでもいいことだった。ぼくは分かっのだ!ぼくが訊きたかったのは、『この人』にではなくて、母さんにこそ、一番訊きたかったのだっていうことを!(母さん。母さんが愛してる人は父さんなの?それとも『この人』なの?ぼくは、母さんの本当の気持ちが知りたい!ぼくに合わせて曲げてしまった気持ちではなくて)って!ぼくにとって、一番大切なことは、そのことだったんだってことを! つづく