海に咲く花(二) 9
その日、ぼくは、一日中眠ったり、目覚めたりを繰り返した。もう、起きられなくなってしまうかも、そんな不安が過ぎったりしたほどだった。寝てることに、疲れてしまったのにどうしても、起きられなかった。一日は、そんなふうにして過ぎていった。 翌朝。ぼくは、早く起きた。もう、寝てなんかいられなかった。ちょっと、ふらっとは、したけど。まだ、おじいちゃんも、耕ちゃんも起きてない。 ぼくは、外に出たいと思った。外の空気を思いっきり吸いたかった。コンビ二へ行く途中にあった、あの森。ぼくは、思い出したのだ。まだ、耕ちゃんが赤ちゃんで乳母車に乗っていたあの時。あれは、何年前だったのだろう。今みたいに、おじいちゃんの家に来ていたんだ。おばあちゃんも、あの時は生きていたのに。 ぼくと、父さんと母さん、耕ちゃんであの森に散歩に行った。耕ちゃんは、ぼくたち家族に愛されて、守られて、安心の中で眠っていた。ぼくは、かわいくて耕ちゃんのほっぺを何度もつつい た。あの時の母さん、ずうーっと笑顔だった。父さんは、何か言っては、母さんを笑わせていた。そして、今度は、母さんが父さんを笑わせた。父さんは、大きな声で笑った。楽しそうに道端の草をとり、唇に当てて鳴らした。♪ブーバー,プップ♪母さんもそれに合わせて、小さくハミングしていた。何の曲だったのだろう。父さんも母さんも、とても仲が良かった。ぼくは、本当に嬉しかった。 あの頃・・・何て幸せだったのだろう。どうして幸せはとっておけないのだろう。幸せは、これからどうやったら、貯められるのだろう。母さんは、もう父さんを想わなくなってしまったのだろうか。楽しかったことを忘れてしまったのだろうか。そんなはず、あるわけないに決まってる! 母さん、耕ちゃん、ぼく。三人でだって、これから、きっと幸せを貯めていけると、ぼくは思う。どうやってかは、まだ分からないけど。母さんさえ、そう望んでいれば!でも、母さんのこと、ぼくは分からない! 父さんは、あの時、泉の不老不死の水を、飲んでしまったタックの話をしてくれた。タック一家だけが、時を止められてしまった話だったと思う。父さんは、ぼくに何を話したかったのだろう。父さんは、この幸せな時を止めたいと、願ったのだろうか。母さんは、どうだったのだろう。あの時、泉を捜して、もし、不老不死の水を飲んでいたら、ぼくたちは、父さんを失うことがなかったかもしれない。でも、でも。ぼくたちは本当に、永遠に幸せのままだったのだろうか。 不老不死の水を湛えた泉なんて、あるはずもないけど、ぼくは何だか探してみたい。ないのが分かっていても。ぼくは、いつの間にか、森に向かって歩き出していた。 つづく